ledcannon’s diary

美作古書店

美作古書店 終末の風景

自宅から持ち出したノートパソコンは普段使いのものと違って緊急時にしか使っていなかった。少々古いOSを立ち上げて、暇つぶしにとこのブログを稼働させるのも久々過ぎてパスワード覚えているか不安だったが、何とか入れた。

数年前に更新して以来、すっかりと忘れていたブログの記事を読み返し、嘗ての自分の思考をなぞる。

実際問題、年齢を重ねるにつれてこうしてブログで長文を書く事も少なくなってきた。小説なんかを書いていた頃が懐かしい。

最後に纏まった文章を書いたのは何時の事だっただろうか。時の流れと自らの衰えを感じずにはいられない。

日常が少しずつ萎んでいって。自分を取り巻く世界が色褪せて見える。生まれてからずっと住み続けている、寂れた海辺の町も人口減少が顕著になりつつあり、絶望に近い閉塞感が漂っている。

子供の頃に駆け抜けた路地裏。角の家が解体されて更地になっていたり。何時の間にか建った見覚えのない家が記憶を侵食する。一体、自分は何を見て何を考えて此処まで来たのだろうか。果たして今此処で、こうしている自分は現実の者なのだろうか、と考えてしまう。

実際に自分がイメージしていたよりも長く生き過ぎた。其の所為で現実感が今の自分にはない。または自分が昔からイメージしていた今の年齢の自分の像が違っている為、自分自身の脳が処理出来ていない為に自己の存在を疑っているのかもしれない。

何にしても、この現実は子供の頃に描いた将来の自分の像から懸け離れているのである。あの頃に夢見た将来の自分は一体、この人生のどのタイミングで離別・決別したのだろうか。

将来の夢。警察官や消防士、正義のヒーローや会社の社長、其れこそ両親や祖父母の職業。可能性の枝葉は沢山在った。当時描いた夢は幹に成らずに枝葉と成り、積み重ねる時間の中で剪定されて今の自分に至るのだ。

何処で間違ったとか、別の選択をしていれば良かったとか。そんな陳腐なたらればを考えるにはもう時間が経ち過ぎたし、残されてもいない。当時の夢を追いたいなんて、そんな気持ちは自分の中には微塵も残っていなくて。逆に其れが寂しいとも思えるのだ。

嘗ての自分を思い出せば思い出すほど、今の自分は嘗ての自分と同一人物なのか分からなくなる。優先順位や何に価値を見出すかが変わってしまっていて愕然とする。鏡に写る老いた自分は果たして自分で在るのか、と。現実を認めたくない自分が生まれ始めていて、また不安に陥るのである。自分が自分で無くなってしまったかの錯覚。

そう。これは間違いなく錯覚なのだけども。繋がらない記憶と時折まるで泡沫の様に浮かび上がってくる記憶とがごちゃ混ぜになってこの身体の中に痣の様に残るのだ。

この物語は誰かの為の物語では無い。唯、自分が在った事を自分に証明する為の自己満足の文章である。故に誰かを幸せにしたり。或いは誰かを不幸にする意図はない。

遥か遠い過去の君よ。君は確かに大人になり、其の遠く隔てられた世界より続く現在に於いて今なお生き永らえているよ。君が残してくれた様々な思い出とともに。

 

1987

 

アパートの最上階。日当たりの良い部屋で友人たちとテレビゲームに興じている自分の写真があった。【87 2 23】のスタンプ。小学校2年生になる直前の未だ幼い自分の顔がある。

遊んでいるゲームはスーパーマリオブラザーズ。説明など不要な任天堂の看板タイトルである。いつ、其れが自分のものになったのかは覚えいていないが、何度も何度も繰り返し遊んでいた。

当時の自分は身体が弱くて、入退院を繰り返していた記憶がある。病床の中で父親がどこかで準備してきたスーパーマリオブラザーズのアレンジされたカセットテープを聞いていた記憶も蘇ってきた。

当時からオリジナルが好きで、アレンジされた其のテープは偽物という認識で、まだまだ子供だったのだな、と思う。2024年現在であれば、きっと其れは其れで、何かしらの価値が出ていると思うのだが、現物は引っ越しか何かのどさくさで失われてしまっている。

当時は、金銭的価値なんて正直どうでも良かったし、知っていたら其の後の人生でゲームの物々交換をしてゲームを揃えていくなんて事を出来なかったと思う。

当時遊んでいた友人は今では殆どの所在を知らないが、ほぼ連続した付き合いのある友人が2人居る事は幸せな事なのかもしれない。

仲の良かった友人宅への往復と当時遊んだゲームの記憶。アニメなんかも一緒に見ていたと思う。当時の遊んだゲームは何があっただろうか。

記憶を繋ぐ為に箇条書きにしてみようと思う。

キョンシーズ2

妹がキョンシーにはまっていた時に買ったゲーム。正直何をしていいのかさっぱりわからないので買うだけ買って長らく封印されていた。

さんまの名探偵

父親が何処からか借りてきた。ほかの友人たちも持っていた。同時、自分の周りではメジャーなゲームだった。何度かクリアした記憶がある。上から物が降ってくるステージが苦手だった。

聖闘士星矢 黄金伝説

東舘町の同級生が多く持っていた記憶がある。聖闘士星矢は正直そんなにハマらなかったので、みんなが何でこのゲームを買っていたのか良く分からなかった。内容も特段面白くなくてこの頃からバンダイのゲームはクソだと思っていた。

高橋名人BUGってハニー

当時の親友のMが持っていた。ルールが分からず試行錯誤して遊んでいた。アニメの曲が延々と流れていて、個人的にとても好きだった。

ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々

父との思い出のゲーム。一緒に攻略を進めてクリアした記憶がある。

火の鳥 鳳凰編 我王の冒険

ノムラと言う友達が持っていた。2,3回遊びに行ったときにプレイしたがそれだけで、2024年現在に至るまでプレイしていない。

ファイナルファンタジー

発売当時に遊んでいないが、Ⅳが発売の頃に現在に至る友人の藤宮(仮称)がクリア出来なくて面白くもないという事で譲り受けた。曲が単調で特筆する所が無いという印象だった。

プロゴルファー猿

Mが持っていた。何度か遊んだけども面白さが分からなかった。

ポケットザウルス 十王剣の謎

女子のヤマモトかマエダが持っていた。また現在に至る友人である三国(仮称)も持っていた。クリア出来なかった。

ボンバーキング

アイヤマが持っていた。当時の自分には面白いと感じなかったゲーム。

マイクタイソン・パンチアウト!!

アイヤマが持っていた。ルールがよく分からず、当時の自分には面白いと思えなかったが、2020年に入手して遊んでみたら面白くて手放せなくなった。

魔界島 七つの島大冒険

アイヤマが持っていた記憶がある。いつか入手したいが、縁がない。

桃太郎伝説

イシサカから伝播してきた記憶がある。当時何度もクリアしたな。何故か曇天の公園の記憶がある。其処で【だだじじ】がどうとか話していた記憶がある。

夢工場ドキドキパニック

Mが持っていたゲーム。もう一度プレイしたいと切に願うが、中々縁がなく2018年以降、探し続けているけども2024年現在、入手出来ていない。

リンクの冒険

父親が何処からか借りてきて遊んだ記憶がある。攻略本も有ったので買ったのかもしれない。個人的には全く好きではない。

ロックマン

Mがロックマン2を入手した時に対抗して買った記憶がある。個人的に好きなタイトル。高騰している現在、買い戻してまでやるかと問われると疑問符が。

 

参考までに当時見たアニメもタイトルだけ書きだしておく。

アニメ三銃士

エスパー魔美

仮面の忍者 赤影

ついでにとんちんかん

のらくろクン

ミスター味っ子

 

 

光陰流水

何故かこのブログの更新をしようと思うのは冬なのだ。

何故かはわからないのだけど、自分の行動が鈍ってきた時に、自己を見直そうとするからかも知れない。

または自分の誕生日が冬、12月31日なのでコレまでの自分を葬り、新しい自分を形作ろうとする無意識からなのかもしれない。

人生、山があり谷があり。

良い事も悪い事も。いや。自分にとって都合のいい事も悪い事も適度に押し寄せてきて、立ち止まって考える事が難しい。

そして、立ち止まって思いに耽った時に気付くのだ。

ああ、遠くまで来てしまったものだと。

それは距離であり、時間であり、思考であり。

嘗ての自分では考えられないくらいに遠くまで来てしまったと、そう感じるのだ。

自分の中身が果たして自分なのかを疑う事があった。生まれてから今まで自分は連続して途切れる事なく自分であり続けたのか分からなくなった事があった。

それでそのミッシングリンクを埋める為にゲームを集め始めた。自分にとってのゲームは記憶そのものだったので。

色々と集めていく中で自分は自分で間違いないと言う確信を持てて何とか過去と今が繋がって現在に至っている。

色々と考え過ぎる性格なので、その思考の中でもしかしたら擬似の自分を生み出してしまっていたのかもしれない。

何にしても、人とは思い悩み日々を一生懸命に生きて繋いでいるものだと気付く。

必死にもがき続けているからこそ。過去を振り返った時に光陰流水如し思うのだね。

小学生の頃が遥か遠くと感じるようになって数年が経過した。はっきりと思い出せていたはずの過去が段々と遠のいていく。この間まで隣を走っていたはずの過去の幻影ははるか前方を駆けている。

緩やかに変化していると認識していた街並みが、ここ数年で急激に空白になっていく様を見ていると自分が生きてきた世界が消失していくみたいに思えてしまう。

自宅から駆け出して友人の家に向かう曲がり角。あの頃は塀の向こう側なんて見えなかったな、と当時の自分の視点が不意に甦る。

毎日が楽しくて。何の不安もなく。ただただ一日の終わりに明日が来る事を待ち侘びていた少年時代。あれから一万数千回の夜を超えた今は明日が来ることが苦痛と思うようになってしまった。何なら、この夜が永遠に明けずに続けばいいのに、とも思ってしまう次第である。

遥か遠き輝かしい少年時代は、もはやこの草臥れた自分にとっては空想のようなものに成り果てた。ただ、同じ街に住み続けていると何かの拍子にひょっこりとその空想が現実世界に滲み出してきて認識がおかしくなる事があるのだ。

皆、そんなものなのか。それともこれは自分固有の症例なのか。こんな時だけやけに他人が気になってしまう。

あの頃から今までずっと続く交遊もあったり。逆にあの頃に途切れてしまった、取り戻せない物語があったり。夕焼けに切り取られた空を見上げて途切れた過去が今まで地続きだったらという「もし」を想像したりするのだ。

 

 

もし。

もし過去が途切れずに今に繋がっていたら。

 

 

 

無題の三

否応無く時間は流れ続け、その奔流の中にたくさんのものを落としていく。

少なくとも不変なんてものは存在していなくて、日々、いい言葉で表せば進化、悪い言葉で表せば退化し続けているのだ。

しかしながらそんな事を考えてみても、俺が現在置かれている状況をどう言い表せば良いのか、俺の腐りかけの脳味噌はフル回転で適切な言葉を探し続けていた。

延々と目の前に続く赤褐色の大地。

それ以外に山も海も川も無く、もちろん人工物なんて一切無い、言うなれば滅びきった世界。

何故だか分からないが、取り敢えず、俺は今、此処に居る。

 

 

 

 

「御主、珍しいものを持って居るな」

唐突にソレは俺に語りかけてきた。辺りを見回せど、その声の主たる存在の確認は出来ず、俺と足元に転がる物騒な女以外に人間の存在を見出すことは出来なかった。

「珍しいもの?」俺は一瞬戸惑ったが、その声に対しての自らの問いを言葉に出してみた。

「ああ、お前のその眼だよ」ソレは穏やかな口調で俺の問いに答え、さらに続けた。「『魔眼』と呼ばれる眼を持つものは数多く居れど、御主の眼は二つしか存在しないのだよ」

「『魔眼』だって?」俺は声を荒げて言った。此処に来る以前から在った右目の違和感。若干進んで見える世界。それのことを指して言っているのだろうか?

「ああ、『魔眼』だ。有名どころで云えば、石化の魔眼や死に至る魔眼…」言葉はそこで途切れた。多分、一分は経っていないだろうが、永遠に等しく感じてしまうくらいの沈黙。そしてその沈黙に耐え切れず、言葉を発したのは俺だった。

「それで、俺の眼は何の『魔眼』だって言うんだ?」俺は居心地の悪い血液色の空に向かって問いかけた。

「『世界』だよ」小さく、しかしはっきりとその声は言い切った。

 

 

今、目の前にある全て。

 

今、感じることの出来る全てに対して俺は夢だと思った。

 

 

まったくなんて性質の悪い夢なんだろうか、俺は「『世界』だと?」と聞き返えした。

「その通りだ。御主の眼は『世界』と成るべくして存在しているのだ」突拍子も無いことを語り始める。眼が世界に成り得るもの何だろうか?世界ってそんなに小さいわけ…無いよな?俺は俺自身にくだらない質問を投げかけてみた。

「眼が『世界』に成るだって?馬鹿馬鹿しいにも程がある。こんなくだらない夢なんて覚めてしまえ!」俺は自分自身に言い聞かせるべく、大きく声を張り上げた。

「はははははははは。威勢がいいな。そんなに叫んだところで眼の前にある現実は覆せまいて」声は大きな笑い声を上げた。

「現実…これが?現実だと言うのか?」眼の前に広がる光景はどう考えても現実のものではなかった。

「そうさ、これが現実。そして、御主が此処に居ると言う事実。覆せまい?」声は嘲笑も何も無く、ただ穏やかに俺に言った。

「これは夢だろ…」俺は地面に座り込んだ。やけにリアルな感触が在った。

「しかしながら、御主の中では夢と現実とはそんなにも違うものなのかね?」少し寂しそうにその声は俺に語りかける。

「…夢と現実は確かに違うものだ。」俺はうめくように言う。

「どう違うと言うのかね?今、此処に居て御主は何を見ている?現実か?事実か?それとも夢か?」声は本当に穏やかで俺の心を見透かしてしまっているような感じにさえ思えてくる。

「…禅問答したいわけじゃないんだ。この覚めない夢から覚めたいだけなんだ」俺は震える唇を最後には噛み締めながらも言い切った。

「覚めない夢か。しかし、ソレを現実と言うのではないのかね?」

「…」

 

もう、俺に逃げ場は無かった。

 

今居る、此処を現実と認める以外の選択肢は俺の中に存在しなかった。

 

 

 

「なぁ」俺は空に向かって語りかけた。「此れが現実だって言うなら、今まで俺が居た場所はなんだって言うんだよ?」自分の言葉によって色々な思い出が湧き上がってくる。

 

 

楽しかった事。

 

哀しかった事。

 

嬉しかった事。

 

朝、目が覚めて部屋の明かりを点ける前にカーテンを開ける。

 

暗闇になれた目が明るさに耐え切れずに目の前がホワイトアウトする。

 

一番最初に見え始めるのが大まかな輪郭で、段々とソレが詳細になっていく。

 

昨日、夕日が落ちる前にそこに在ったモノがまたこうして俺の前に現れるんだ。

 

暖かみのある世界。

 

俺の生きてきた世界。

 

それとは違う世界に今、俺は居る。

 

 

「御主が今まで居た場所は、今御主が居る場所とさして変わらんよ」声は穏やかに言った。

「こんなにも変わっているじゃないか!」立ち上がり叫んだ。それが如何に虚しい行為であったとしても俺はそうせざるを得なかった。

「御主には『現実』と『事実』しか見ていない『真実』がすっぽりと抜け落ちているのだよ」声は訳のわからないことを言う。

「何を言いたいのかわかんねーよ!」俺は大きく腕を振った。まるで駄々っ子のように。

「少し早いかもしれないが、いずれわかること。お前は、お前の眼は『世界』になることを運命付けられているのだ」声は穏やかにそう言った。

その声は俺の中で反響して。

次第に大きく鳴り響いてやがてわからなくなった。

 

 

 

 

むかしがたりをしてあげよう。

 

それはむかしむかし、遠いむかしの出来事なんだよ。

 

世界はひとつだった。

 

みんなみんなひとつに繋がっていて争いも諍いもなかった。

 

ただ、寂しさだけがそこに在ったんだよ。

 

世界はね、ひとつで、ひとりで、寂しかった。

 

だから、もうひとつ世界を創る事にしたんだ。

 

世界は自分をふたつに割る事にした。

 

総ての詰まった世界はこうしてふたつに分かれた。

 

それは善と悪と言われたり、光と影と言われたり、陽と陰と呼ばれたり、神と悪魔と呼ばれたりもした。

 

でもね、忘れちゃいけない。

 

善と言う基準があるから、また悪と言う基準が生れ、光が在るから、影が生れる、逆もあるんだよ。

 

どちらも同じものなんだ。

 

 

そうだね…。

 

画用紙をイメージしてご覧。

 

真っ白な画用紙。

 

それをね半分に千切るんだ。

 

大きさはまちまちになると思う。

 

でも、大体の大きさは同じだし、くっつければひとつになる。

 

そして、片方を黒色に塗り潰す。こうして真っ白だった画用紙の半分に色がつく。

 

同じ真っ白だったら、ただ単に大きさの違うもの。

 

だけど、色を付けることによって存在が分かれたことが明確にわかる。

 

それはとてもとても大事な事なんだよ。

 

ひとつからふたつになるために非常に重要な要因。

 

そして、ひとつだった頃に定められた原初の定義。

 

『非対称の定義』

 

非対称では在るけど、対になる存在が必ず在ると言うふたつ目の原初の定義。

 

『表裏一体の定義』

 

ひとつはふたつになる時に決め事を沢山創った。

 

そうしてひとつだったものは少しずつ少しずつ解れて今のようになった。

 

 

でも、忘れてはいけない。

 

解れてしまったけど、それらは総て繋がっていることに。

 

それらは総てひとつであることを。

 

 

キミの対になるモノを探しなさい。

 

在るべき姿に戻す為に。

 

 

 

 

わんわんと蝉の合唱のように鳴り響く金属音。

穏やかな日差しに視界がホワイトアウトしている。

薄目を開けて、俺は空を仰いだ。

懐かしい輪郭が見えた。

それは俺を覗き込んでいて、優しい眼差しを向けてくれている。

 

―おかあさん?

 

声にならない声。

輪郭は優しく包み込むように俺に覆い被さってきた。

 

 

 

 

「う…、く、苦しい…」俺はあまりの苦しさに飛び起きた。

いつの間に俺の上に覆い被さってきたのか女の寝顔が俺の胸からずり落ちて太腿の上で寝息を立てていた。その愛くるしい寝顔は普段の物騒さを完全に消し去り、歳相応の可愛らしい女の子って奴の寝顔だった。

「妙な夢だったな」と言ってから夢の内容を覚えていない事に気が付く。

まぁ、夢なんてそんなものだ。起きた瞬間に忘れるか、暫く憶えていて忘れるか、のどちらかだ。

首を左右に傾けて肩を鳴らすと、俺は女を起こさないようにして立ち上がる。

―いつの間に眠ったのだろう?

焚いた火はいまだ燃え続けていて、それなりの暖を俺達に提供してくれていた。

眼の奥に痛みを感じて右目を抑える。

一体、いつの時代に飛ばされたのやら俺は空を仰ぎ見た。

見慣れた空に比べて見上げた空はとても澄んでいて星が近くに在るようだった。

案外そんなものなのかもしれない。

今まで身近に在ったものが遠ざかるなんて。

空気が澄んでいた頃はきっと星は手が届くような位置に見えていて、みんなそんな星星を見上げて色んなことを考えたりしたんだろう。

俺は腰に留めたナイフを手に取った。かなり年季の入った業物で、一応、祖父の形見と聞いている。

金と銀で装飾された柄の部分にはアクアマリンを中心としてトルマリンと青水晶を誂えた世界樹が描かれており、荘厳な雰囲気を醸し出している。

しかしながら、ひとたび柄からそれを引き抜くと、赤錆に塗れた刀身が露になりその荘厳な雰囲気は儚くも消え去るのだった。

 

「う…、ん……あ~あ」間抜けな掛け声とともに女が起きた。

「おはよう」俺は女を見ることなく声をかける。

「ん、おはよう」満足そうに女が返事をする。

「何処に飛ばされたのかしらね」女が尋ねる。

「わからない」簡潔に答える。

「まぁ、此処でもなんとか~って奴を倒せばいいんでしょ?」女は明るく努めて言った。

「そうだな。取り敢えず、それが俺たちの『宿命』らしいからな」俺は淡々と答えた。

 

 

 

 

―『宿命』・・・いつからそれが定められ、それに従い生きることを課せられた。いわば俺自身を表すもの。それに逆らうことはできず、俺はただ緩慢な運命に身を委ねていた。『宿命』と言う言葉を言い訳にして俺はただ、自分の人生をこなしていたのだ。

 

 

 

 

ただ、『理の均衡が破られた』と聞いた。それによって何があるかなんて俺の興味の範疇ではなかったし、俺に直接関係する話でもないだろうと高をくくっていた。

『理の均衡』は『世界』を形成していて、俺は『理の均衡が破られた』ことによって自分で在ることと形見のナイフ以外の総てを失った。

 

俺は俺と言う人生を生き、そして死んでいくものだと信じていた。

人生と言う奔流に身を委ねて、数多の時を過ごし、何かを得て死んでいくものだと思っていた。

否応無く時間は流れ続け、その奔流の中に俺たちはたくさんのものを落としていく。

落し物は人によって異なるが、俺の場合は『意志』だったような気がする。

与えられた世界の中で俺は俺と言うキャラクターを演じ、死という幕引きが来るまでの間を生きるという手段によって演じなければいけなかった。

それを『宿命』と名付け、俺は『宿命』に従って生きた。

少なくとも『宿命』に翻弄される人生に不変なんてものは存在していなくて、日々、いい言葉で表せば進化、悪い言葉で表せば退化し続けて俺は俺を見失った。

ある日立ち止まって自分の立ち場所を探す振りをしてみる。

しかしながらそんな事をしてみても、自分が現在立っている場所なんて自分と言うキャラクターを演じ切るまでの間のどの位置かなんてさっぱりとわからなくて俺は嘆息するのだった。

 

『理の均衡が破られる』病床の祖父はそう言って俺にナイフを手渡した。それに何の意味が込められているのかわからなかったし、その装飾からかなり価値の在るものだと俺は内心ほくそえんだ。売れば金にできる。そうすれば、ある程度の楽をできる。

 

まったく持ってそれが如何にくだらないことであったかを俺は思い知る。

 

祖父が死んで、祖父の住んでいた家から俺に宛てられた遺書が発見される。

俺の親でも、祖母にでもない、俺に宛てられた遺書。

内容はあまりにも突拍子もなくて、祖父は痴呆になっていたと認識して片付けたかった。

それほどその内容は荒唐無稽で、俄かには信じがたかった。

寧ろ、信じたくなかった。

 

 

 

『創(はじめ)へ。

 

この世界はたったひとつの意識の上につくられている非常に脆く儚いものなのだ。

私はこの事実を解き明かすことに人生を費やしてきた。家庭を蔑ろにし、他人を淘汰してでも、私はこの事実を突き止めなければいけなかったのだ。

創に預けたナイフ、あれが私の本当の人生の幕開けの発端となったのだ。

ナイフは裏の蔵の中から私が引っ張り出したもので、厳重に重箱の中に絹の風呂敷に包まれて収められていた。重箱の中にはナイフとともに巻物が納められていた。巻物の内容は不明な文字が羅列されており、それは一部で『神代文字』と呼ばれているものらしい。『神代文字』にはかなりの種類があり、巻物に記されている文字の特定は私の代では難しいようだ。

ナイフについてはもう、創も見たことだろう。刀身は錆び付いていて刃物として使いようが無い。一度鍛えなおそうかと、柄をはずしたところ、『理の均衡を護りし神刃』と刀身に銘打ってあった。我が天城家に伝わる文献にはこのナイフのことについて記されては居ないが、私の祖父が私の小さな頃に昔話を聞かせてくれたことがあった。今際の時になって思い出すとは私も耄碌したものだ。創よ、私のこの書置きがお前の役に立ててくれれば幸いだ。

 

 

私の祖父、天城辰之進が語ってくれた昔話はこうだ。

 

私達人間が生れる以前、日本には神様の国が在った。神様は私達のように沢山いて、私達のように生活していた。日本には神様が沢山いたので、他の国の人々は八百万(たくさん)の神が住まう島、『八万島』-『ヤマト』と呼ばれるようになった。

幾星霜を重ねたか、神代の国に人が流れ着くようになった。神様と人が交わるようになり、ヤマトから次第に純粋な神様が消えていった。純粋な神様は多数残ったのだが、人と言う不純物と交わった神様は肉体と言う枷をはめられ、次第に人へと変化していった。こうして神様の国は神様の血筋を組む国へと移り変わった。

人は物質界に存在し、神は精神界に存在し相容れなくなってから暫くして、人の中に精神界に影響を及ぼせるものが生れ落ちる。(※因みに、この頃の神様とは人の言う『世界』そのものであり、人の『理』の総てであった。)

精神界、つまり、神様に影響を及ぼせるものの存在は恐れ、崇められ、神代の力を次ぐ次代として神の御子と呼ばれるようになった。神の御子は物質界に起こる総ての現象に対して関与することが出来、現代で言うところの神様そのものだった。

 

そして、悲劇はここから始まる。

神の御子が世に生まれてからしばらくして、神の御子は物質界を自分達のものにしようと神様を滅ぼそうと動き始めた。それは必然だったのかも知れないし、限りある器に閉じ込められ変異した神々の狂気だったのかも知れない。

御子の血脈はこの時を境に分断される。最後まで限りある器を誇りに持ち、自然と一体となり生を全うするもの達と、物資界を我が物にし、神を打ち滅ぼし精神界までも手にしようとするもの達に。こうして、分断された血脈は互いを敵(かたき)に争いを始め、最後に世に残ったのは物質界を我が物にしようと目論んでいたもの達だった。

彼らは敵対した最期の御子に止めをさした。それを知った神々はヤマトから、そして、この星から居なくなり、御子達の思うがままの世が訪れるかのように思われた。

 

しかし、神と言う理を失い、安定していた世が乱れ始める。

空は暗雲に包まれ、海は荒れ狂い、大地は地震に見舞われた。人の世が終わりを告げようとしていた。

人は死に絶え、御子の一族も正に絶えようとしていた。一陣の風が巻き起こり、暗雲立ち込める空に光り輝く神様が現れた。その神様は天の総てをを照らし出すほどの光を纏っていたため、天照(アマテラス)と伝えられている。

 

天照は御子の長に言った。

「私達、旧き神はこの地を去る。私達の作り出した理は私達が居なくなれば消えてなくなるだろう。現に、こうして世は今際の時を迎えている。私達の同胞(はらから)の子孫である彼方達がこのまま滅びていくのを見るのも忍びない。だから、彼方達に希望を与えよう」

 

天照は空に両手を翳すと、二振りの剣が現れた。

「生きたくば、この右手の剣を彼方達の同胞の胸に突き立てなさい。そうすればその同胞が世界と成り、彼方達は救われるでしょう。滅びたくばこの左手の剣を彼方の胸に突き立てなさい。そうすれば世界は終焉を迎えます」

 

こうして御子の長は剣を手に入れ、世界と成るべき同胞に剣を付き立てた。同胞は嘆くでも、罵るでもなく、ただ、静かに剣を受け入れた。

 

―違和感。

 

そして、世界は安定し、現在に至る歴史を刻み始めた。

 

 

何処から何処までが祖父の創作なのか今となっては知る由も無いが、創に渡した一振りは、世界を滅ぼす為の剣と言われている。それが何を意味しているのか、私にはわからなかったが、『理の均衡を護りし神刃』と言う銘の通りであればあの一振りは狂ったこの世界を正しく導いてくれるのかもしれない。

 

創が幸せに成る事を祈って。

 

 

2***年**月**日

天城宗治』

 

最後は力が入らなかったのか、ミミズがのたくったような字で俺の幸せを望んでいた。そして、遺書に書かれた訳のわからない作り話と、ナイフについての謂れが非常に胡散臭く感じられてどうしようもなかった。

 

 

 

 

『理の均衡』とやらが破られたとき、確かに違和感があった。それはどう足掻いても言葉に出来るものでなければ、誰かに伝えることの出来ない感覚的な現象。

そして俺は女と巡り合う。

最初からそうであったかのように、違和感を感じる位に違和感無く。

女は俺の世界で、俺は女の世界だった。

 

重なり合い。

 

交わり合い。

 

否定し合い。

 

肯定し合う。

 

世界と言うものをはじめて知り。

 

世界と言うものの中に俺を見出した。

 

そうして始めた旅に俺は幾つもの世界の終焉を見た。

 

俺の往く先は何処にあるのか?

 

俺の求めるものは何処にあるのか?

 

理を求める旅は未だ終わりが見えない。

 

 

 

 

―ねぇ?

 

何処からとも無く聞こえる懐かしい声、安心する声。

 

―もう、寝ちゃったのかしら。

 

布擦れの音、暖かな、何か。

 

―…め。……じめ。………創。

 

声がはっきりと聞こえてくる。懐かしい声、安心する声。

母親の…声。満たされた気分で眼を開いた。

 

「あ、おはよう」デリカシーの無い声。そして、女の顔。それが俺を覗き込んでいる。状況を把握しようと痺れた頭で考える。何故か女の膝枕で、俺は仰向けになって眠っていたらしい。女が嬉しそうに…いや、むしろ気分の悪くなるようなにやけ面で俺を見てもう一度言う、「おはよう」と。

俺は仕方なしに見下ろす女に「おはよう」と返した。

「何の夢、見てたの?」女はニヤニヤしながら俺に尋ねる。寝てる間に俺が何かしたというのだろうか?相変わらず何かムカツク言い回しだ。

「どうかしたか?」俺は平静を装って言う。女の長い髪が俺の顔に枝垂れてくすぐったい。

「ぅうん、なんでもない」女はにやけ面を引き締めると一寸正面を見据えてからもう一度俺の顔を覗き込む。そして何を血迷ったか「いい男だよ、あんた」と俺の髪を梳くようにして撫でると、軽く唇を重ねてきた。しばらくの沈黙、泳ぐ視線。

『この状況は過ぎ去るのを待つべきなんだろうか?』なんて頭の片隅で考えながら俺はその行為の意味を探していた。

 

 

赤い世界。

 

視界いっぱいに広がった空。

 

夕焼けのように空を焦がす赤、雲も同じ色に染まっている。

 

閉ざされた空間。

 

逃げ出せない世界。

 

俺は女の膝枕から起き上がる。

 

女は名残惜しそうに俺から手を離す。

 

ぬくもりが線になって、点になって、消えた。

 

 

「『闇の眼』なんだよ」と何処からともなくあの声が。

 

「『闇の眼』?」俺は聞き返す。

 

「ひとつだった世界は様々な可能性を模索する為に分断され、散らばった。お前の眼には対になる存在がある。それが『光の眼』」声はか細く、聞こえた。

 

「対になる存在?」俺は呟いた。

 

「お前の眼は例外中の例外。二つで一つの不完全なもの。それ故に新しい可能性を秘めている。世界の破壊と再生。今回の『地獄の釜』はとても興味深い」声はぷつり、と途切れると静寂が訪れた。静寂はやがて耳鳴りとなり、わんわんと俺の頭の中を駆け巡る。

 

 

「創、どうしたの?」不思議そうに正座したまま俺を見上げる女が居た。その顔は俺が意識を取り戻したときのような笑顔はなく、酷く焦燥した顔付きだった。

「何でもないよ」俺は今のやり取りが白昼夢だったのだと自分に言い聞かせ、女に作り笑いの笑顔で答えた。多分、納得はしていない。女は「そう」と短く呟き、俯いた。

 

 

 

 

疑問だらけだった。

 

闇の眼のこと。

 

さっきのキスの意味。

 

酷い、現実だ。

 

無題の二

かつて世は忌むべきものも忌まれるべきものもなく、ただ安寧なる世がそこには在った。

 

世は広く、そして数多の集合であり彼【スメラノミコト)】と彼の一族が総てを統治していた。

 

哀しいことに、彼はその身に世の摂理を抱き彼は世の摂理そのものであった。

 

彼は永遠に不滅の存在であった。

 

何故ならば、彼は総てのものに宿っていたからである。

 

彼は幾千億年の月日を彼に刻んだ。

 

それがどれだけ哀しいことか、彼自身にしか理解できなかった。

 

 

 

 

世界は幾度となく終わりを迎え、そして始まりの朝を通り過ぎている。

 

辿り着いた結論は非科学的な…いや、私の信奉する科学という名の宗教では立証することの出来ないあまりにも荒唐無稽な事実を導き出した。

その事実とは、私達の見ている世界の裏側にも世界が存在しているという事である。裏、と言う表現には語弊があるかもしれない。この世界は多重構造を持っていると言ったほうが良いのだろうか。

しかも、それは単純に一方向にのみその多重構造を持っているわけではなく、様々な事象に措いて広がりを持っているのである。つまり、存在の重複、時間軸の重複と言った在っては成らない事象が我々の生きている世界に実現しているのである。

この事実を知った時、私は軽い眩暈を覚えたがソレを読み解いた時、人智を超えたその事実を本当の意味で理解した。ただ、言えるのは無限に連なる多重構造の世界は、それぞれに措いて微妙に異なった歴史を刻んでおり、しかし、それでも終局を避けることは出来ていないという事だけだ。

そもそも、この荒唐無稽な結論は私の友人であり、たった一人の理解者が導き出したものである。

彼は彼の国に伝わるある文献を紐解き、私の祖父があの大戦時に入手した『石版』に当て嵌め、解析した結果による結論だ。『石版』には『音』が表記されており、『石版』に刻まれた内容は彼の国に伝わる『文字』を当てはめる事によって意味合いが異なり、彼は各地から集めた、現存する27の文字群を用い、彼はソレの内容を二十七通り解析したわけだ。

 

解析したものの内容はにわかには信じがたい内容ばかりで、はじめの四通りの内容が書かれた報告書を読んだ時点で私はその報告書の束を少し大きめのダンボールに放り込んで倉庫の奥底に封印するつもりでいた。

しかしながら、四つの報告書がすべて破壊と再生について書かれていた関連性に気付き、私はその後の23の報告書にも目を通す羽目になったわけだ。そして最後に、私宛の手紙を見つけることになる。

 

 

 

 

親愛なる友へ。

 

私の研究の成果を見て頂けただろうか?もし、君が総てに目を通していないのであれば、一度でいいから目を通して頂きたいと願う。

 

さて、歴史は幾度となく繰り返され、文明は幾度となく崩壊の一途を辿っている。その事実関係は現在我々の持つ稚拙な文明では計り知ることの出来ないほどの複雑に絡みついた事象の上に成り立っている。いつか、その事実を理解する事が出来るようになれば我々の住む世界はとても満ち足りたものになるだろう。

 

世界には様々な宗教が蔓延っている。所謂悪魔崇拝は例外として、宗教の教え、そして神話の成り立ちは非常に似通っているという事実に君はお気付きになられているだろうか?

例えるなら、世界最大の宗教であるキリスト教、その経典である聖書(旧約聖書)、その始まりは唐突で、何らかの強大な力を持つもの(神)が存在しており、何もないところから世界が始まるのだ。他の文献はどうだろう?手元にある順で書きとめていくが、北欧神話ゲルマン神話)も世界の創造から始まる。始まりの霜の巨人の骨肉を切り裂き、砕き、血を撒いて世界が作られる。日本神話もそうだ、イザナギイザナミの手で世界は創られる。ギリシア神話も。総てがほぼ何も無いところからスタートするのである。

キリスト教ユダヤ教)とイスラム教は信者数において第一位、第二位を誇る宗教であるが、各地に残る神話の統計から見て人の手が非常に加わったものである事を読み取ることが出来る。寧ろ、当初から人心を操作すべく作られたかのように緻密に人間の心理を突いている記述が鏤められている。

一番効果的なところを言えば、唯一神を定める事により、指向性を一箇所に集約し、世界を都合よく廻す為、人の心を簡単に操作する事の出来るように構成されている部分であろう。

当初、これらは力ある支配者の神格化ないし、特別性をアピールし、支配力を強める為に制定されたものである。つまり、キリストやムハンマドの存在は神に仕えるものとされ、非常に手出ししにくい存在なのだ。科学の発達していない時代においての宗教は絶対則であり、真実なのだ。

しかし、後の世では政治をやりやすくする為のものに改変されていく。

さて、この二つの宗教に関しては異例と言っておくべきだろう。何故ならば、これら二つの宗教の経典はあくまで法であり、歴史を語るものではないのだから。

 

史書と呼べる神話における世界には神と呼ばれる存在が数多く存在する。何故ならば、それが事実であるからだ。石版に措いても、一人の神とその血族によって世界は安定していた事が記述されており、日本神話、北欧神話ギリシア神話の共通点を裏付けている。日本神話は天照大御神北欧神話はオージン、ギリシア神話デウス。神々のリーダーが居て、神々がコミュニティを持って生活している。そして、その中で邪心を持つものが現れ、安寧の世に混沌をもたらし終末がやってくるのである。しかしながら、終末の後には必ず再生が始まり世界は延々と続く事になる。それが何を示唆しているのか、私は理解していなかった。

驚くべき広がりを見せるこの世界。我々の息衝いているこの世界は極めて歪だ。それはこの世界が存在する総ての世界の中で一番、重なり合う部分が多いからに他ならないからだ。スメラミコトはこの世界に決めた。総てをこの世界に集約することにした。それは願いであり希望であるからだ。

些細なことで歴史の歯車は狂う。しかし、集束する最後の一点は同じである。

それは終末であり再生。その輪廻を思わせる記述の意味は欠損した神代文字では解読することが出来なかった。だが、石版には事実がしっかりと刻まれている。いつか、この記述も読み解く事が出来る日が来るだろう。それは私達の想像の範疇を超えるものであり、きっと理解する事が出来ない何かかもしれない。

 

 

 

 

そう締め括られた彼の手紙の最後に『a way refining of human』(人類精製法)と題された報告書をもう一度読む様に、という念押しがあった。私は彼の言うとおりに彼の報告書を紐解いた。

彼の報告によると、この報告書は彼の功績ではなく、彼の元居た機関で解析された結果だと言う。内容は非常にショッキングなもので、これを公開することは数世紀…いや、将来に渡って実現不可能な事のように思えた。私はこの事実を胸に秘め、彼に会うべく飛行機に乗り込んだ。もし、彼の報告書が寸分の違い無く、事実に即しているのであれば、私には彼に会う義務があり、それは責務でもあった。

 

 

 

 

八百万の神』と言う概念が私の愛した国に伝わっている。万物に魂が宿るという概念だ。

なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。

山に神が宿り、海に神が宿り、空にもまた神が宿る。もちろん川にも神は宿り、神々は粗末に扱われればその凶悪なまでに純粋な力を我々に行使するのだ。

世界広しと言えど、八百万も神がいる(万物に神が宿る)のは彼の国だけだろう。聖人や人間臭い神は世界各国に伝わる様々な神話に登場はする。しかし、彼の国の概念を踏襲する神話はほぼ無いいえるのではないか。本当に彼の国の神の概念は一風変わっている。

八百万の神』とは『神道』と呼ばれる宗教における概念で、古代の日本人が山、海、空、川、巨石、動物や植物といった自然物、そして驚くべき事に火、雨、風、雷、大水、洪水、地震などといった自然現象の中にさえも、神々しい『何か』を感じ取っていた事の表れなのだ。

この感覚は今日でも『神道』の根本として脈々と受け継がれており、かのラフカディオ=ハーン(小泉 八雲)はこれを『神道の感覚』と呼んだ。

自然は我々人間に恩恵をもたらすだけではなく、時には危害を及ぼす事もある。古代の日本人はこれを神々しい『何か』の怒り(崇り)と考え、怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになった。これが後に『カミ(神)』と呼ばれるようになったわけである。

 

過去、日本国において天皇のことを『現人神』と呼び、神道上の概念としてだけでなく、政治上においても神とされていた。様々な歴史的・政治的な状況に於いて天皇の本当の意味合いは失われ、そして昭和天皇に由る『人間宣言』によりその神格は完全に淘汰されてしまった。

 

さて、御伽噺はこれくらいにしよう。彼の国、『日本』の土を踏むなど夢にも思っていなかった私だが、今となってはそれは必然の事象であったと認識せざるを得ない。日本に赴く前に様々な文献を読み漁っていた所為も在り、くだらない件(くだり)を書き綴ってしまった。

今回訪日するのはこれから起こる未曾有の事態を日本国に伝えることと、その事態を収束させる為である。未曾有の事態、それは過去幾度と無く繰り返された破滅と再生であり、世界大戦的な全世界を巻き込んだ争いである。私が彼から得た情報は近々この世界に終焉が訪れるという事と、その終焉の始まりが『日本国』であると言う事だった。

 

私は訪日して先ず『加藤機関』に赴く予定でいた。『加藤機関』には彼の友人が居て、きっと私の話をきちんと日本国政府に取り次いでくれると信じていたからである。彼の友人は私と彼の古くからの友人で在り理解者だった。

 

私はここまで書き、ダイアリーを閉じた。

「やれ」と言われれば簡単なダンスパーティすら出来そうなこの部屋が飛行機の中であるなんてきっと目隠ししてここまで連れてこられた連中が百人いたとしても、誰一人として言い当てることは出来ないだろう。それだけ無駄な空間を与えられ、私はすこぶる不機嫌だった。

私は席を立つと、背を伸ばす。間接が小気味いい音を立て、血液が循環していくのを感じた。ふとアンティークな形をした時計を見れば日本到着まで今暫くの時間が掛かるらしいことがわかる。

そういえば色々と立て込んでいて、一昨日から一睡もしていないことに気付く。なるほど、苛々もするわけだ。私はもう一度背を伸ばし、深く深呼吸をすると仮眠をすべくネクタイを緩めた。デスクの横に設置された揺り椅子に深々と沈み込むと睡魔は緩やかに私を包むと闇の世界へと誘った。

 

 

 

はじまりの大地は壮大で、群雲の掛かった神の山が三方を囲んでいた。陸海空に通じるこの地はかつてこの地が世界の中心であったと言われてもなんら違和感もなく納得が出来てしまう場所だった。

 

私はゆっくりとボーイング社製のエア・バスを降り、エア・ポートへと向う。待つ事無く、適度な時間をおいて彼の息子が私を出迎えてくれた。若い頃の彼にそっくりで、懐かしくなり心で微笑んだ。

「お久し振りです」彼そのものの口調で囀ると、私に向かって綺麗に一礼した。

「やぁ、元気そうで何よりだ。お父上は?」私はポケットからタバコを弄ると銜えた。

「相変わらず、父は研究に没頭していますよ。ええと、ハールバルズさん?」彼の息子は申し訳無さそうな表情をして「ここ、禁煙ですよ」と言った。

「ふむ、では喫煙を愉しめる場所まで移動しようか」私は彼の息子を促した。

「わかりましたよ。では、此方に」異様なまでに空いたエア・ポートを私と彼の息子、そしてSPの連中数人が出口に向かって歩く。五年振りの日本だ。多少の感慨深さを感じながらエア・ポートの入口に横付けされたマイバッハを改造したリムジンに乗り込んだ。

 

「資金の無駄遣いもいいところだ」私はその無駄に金の掛かった車の内装を見てぼやいた。

「そうでもないですよ。このリムジン自体が研究施設を兼ねますからね。これくらいの事をしておかないと。」彼の息子はそう言うと手に持ったリモコンを操作した。車内の中空に立体映像が現れる。

「これは?」私は食い入るようにソレを見た。ソレは例の石版だった。

「もう、既知の事と思いますが、ファントム財団から加藤機関を経て我々SEAが管理する事になったモノですよ」彼の息子はそう言うと次の画像に切り替えた。その画像は見たことも無い文字群で埋められていて、それでもいくつかは馴染みのある文字があった。

神代文字、か」私は車内に乗り込んでから4本目のタバコに火を点けた。

「ええ、研究の記録、とでも言いましょうか。お渡ししてある報告書を作成する段階を記録したものですので、暇潰しにもならないでしょう」言葉も終わらぬ前に画面が切り替わる。ソレはDNA-MAPであり、暫くすると神代文字と思しきモノと重なる。

「これもご存知かと思いますが、昨年解析されたヒトゲノムのマップです。そして驚くべき事に、この神代文字はDNA-MAPを著しているんですよ。確か、西吹さんが貴方にお送りした資料のうちの『a way refining of human』ですね、その内容が詳細に記述されているのは。そしていまご覧頂いている画像を見ての通り、完全に合致するわけです」彼の息子の言葉を聞いていると彼を思い出す。回りくどく話す、その話し方。妙に癇に障る態度。

「その報告は既に受けている」私は彼の息子の意図するところが読めず、若干の苛立ちを言葉に乗せてしまった。

「相変わらず、その短気は直らないね」口調を変え、彼の息子は面白そうに笑うと私の目を覗き込んだ。その目の奥に私は彼を見た。

「どう言う事だ?」私はさらに苛立ちを募らせ、睨むようにして笑う彼の息子を見た。

「あははは、僕ですよ?形住 鋼璽です」静かに笑って目の前の青年は言った。

「形住 鋼璽だと?」彼の言葉に困惑し、鸚鵡返しに尋ねる。

「そうです。僕は形住 鋼璽ですよ」微笑を浮かべたその表情に微かに私の知る形住 鋼璽の面影を見出す事ができた。しかし今となっては遠い記憶。

「どう言う事だ?」私は先程と同じ言葉を繰返す。

「今見て頂いています、『a way refining of human』の応用と言いますか。つまりは、遺伝子工学の賜物ですよ。」鋼璽はそう言うとホチキスで止めた資料を私に手渡した。

「これは?」私はその内容を斜め読みすると鋼璽を睨んだ。

「ええと、以前、息子と言って紹介しました彰人…つまり、僕のクローンに『a way refining of human』を用いて数字に置換した僕自身の記憶データをダウンロードする。その実証データと補完率についての資料ですよ」鋼璽組んだ手の指をクルクルと回しながら、それは楽しそうに話した。

「ソレによって僕は僕自身の可能性を模索する為の選択肢を物理的に一つ得ました。人道的、倫理的にどう、と言う戯言は聞くつもりはもちろん、在りません」そうきっぱりと言い切ると、私のよく知る彼とは違うもう一人の彼は残酷なまでに澄んだ目で私を見つめた。私はもう一度、そして今度はしっかりと先ほどの資料に目を落とした。沈黙が車内を支配した。

 

 

街、と言うには寂し過ぎるくらいの街並みを抜け、私達の乗るマイバッハ・リムジンは彼の施設へと向かう。エア・ポートから一時間ほどであろうか、神山の麓に設立されたその施設が見えたとき、私は一見、社と社務所と見間違える造りが妙に風景の中へ溶け込んでいるものだと感心した。

ゆっくりと施設の入り口に停まる。入り口といっても社を模した研究棟の前、とまでは行かず、企業や工場であれば守衛の居る門に当たる巨大な鳥居の前であった。

ドライバーが執事の如くドアを開け、鋼璽は車外に下り立つ。私も鋼璽に続いて車外に下り立った。

「ようこそ。SEAへ」鋼璽はにっこりと笑い恭しくお辞儀をした。

「で、先ほどの資料にあった『文明の滅亡に関わる話』というのはどう言う事だ?」鋼璽の後に続き玉砂利の敷き詰められた構内で私は少しだけ大きな声を出した。そんな私を鋼璽は微笑を絶やさず、非常に冷徹な光を湛えた目で見ていた。

「『邪心』がね、人を惑わすんだ」訳の分からない事を消えそうな小さな声で言って、鋼璽は世界に両手を広げ立ち止まった。

「『邪心』?何の事だ」私は鋼璽の半歩後ろで立ち止まった。

「そして、その『邪心』が満ち溢れた世界には『滅亡の時』が来るんだよ」私の質問にお構いなしに言葉を紡ぐと鋼璽はゆっくりとした歩調で歩き出した。

「『邪心』とは何だ?私にわかるように説明しろ」私は歩き出した鋼璽の隣に並んで歩き出す。

「難しい質問だね」鋼璽は考え込むように腕を組んだ。それからしばらくうんうん唸り、突然右手を顎に当てて思いついたようにポンと胸の前で手を打つと「『邪心』って言うのは簡単に言うと欲求とか欲望の事さ。例えば、食欲とかそんな感じのものだよ」自分の言葉に頷きながら鋼璽はそう言った。

「つまりは欲望の満ちているこの世界に滅亡の時が訪れるって言う事か?」私は話の前後を頭の中で整理しつつ尋ねた。

「そう言う事。今、この現在、この世界に『邪心』が満ち満ちている…と、言う事はだね。『滅亡の時』が近いという事さ」鋼璽は私の言った欲望を『邪心』に差し替えて繰り返した。

「それで、何故『邪心』なのだ?」私は鋼璽に尋ねた。先ほど鋼璽自身言った通り、欲求や欲望でも良いはずである、それを敢えて『邪心』と呼称する理由は何なのだ?

「またまた難しい質問をするね。なにゆえ『邪心』であるか、至極当然の事じゃないか。神に仇成す心の在り方だからさ」鋼璽は下品に吹き出すと玉砂利を蹴り付けた。

「…………」私は鋼璽の笑いが収まるまで待った。

「傲慢、嫉妬、強欲、怠惰、暴食、色欲、憤怒…君の宗教の大罪とされるモノだ。しかしながら感情を持つ我々にとっては…違うな。生まれついての人間である我々にとっては極当たり前のモノじゃないか?」鋼璽は私の周りを早足で回りだす。

じゃり、じゃり、じゃり、じゃり…。

呪詛のように玉砂利が打ち合わされて呻き、叫び、嘆く。

「自分は特別である、そう思わない人間が何処に居る?」

「自分を他人を比較しない、そんな人間が何処に居る?」

「自分の境遇に満足している、そんな人間が何処に居る?」

「自分が如何に楽できるか、そう考えない人間が何処に居る?」

「自分に飢えを凌ぐだけの食料しか採らない、そんな人間が何処に居る?」

「自分の性欲を持て余さない、自慰を行わない人間が何処に居る?」

「自分、自分、自分、自分、自分、自分…皆、我が身の事しか鑑みないのさ。そして、自分の欲求が通らなければ怒る、そう憤怒するのさ」鋼璽はそう言うと立ち止まり私に向き直った。

「なぁ?感情を持った時点でその多くは欲望として看做されるんだよ、それが君の宗教でアダムとイブが負ったモノ。一言で欲望と片付けるよりも『邪心』として呼称した方が小気味良いだろう?」その澱んだ目は私を見透かしたようににやけていた。

「もはや、お前の言う事は荒唐無稽過ぎて理解の範疇を超えている」私は鋼璽を睨んだ。

「あははははははははは、別に理解してもらわなくても結構。だけどねぇ、君はその身で知る事になるのさ『邪心』ってやつを。そして理解せざるを得ない状況になるわけだ」鋼璽はポケットから何かのリモコンと取り出す。私に見せ付けるようにしてその表面のスウィッチを押し、クスっと鼻で笑った。入り口の鳥居を模した門がゆっくりと閉じるのが視界の端に見えた。その一連の動作が非常に癇に障った。

「お前…」ようやく私は目の前に居る男によって嵌められた事に気付く。

「ようこそ、SEAへ」鋼璽はもう一度そう言うと道化がするように大袈裟に、そして恭しくお辞儀をする。私は目の前に居る男を旧知の仲だと信じていた自分の考えの浅さを呪った。

「ハールバルズ、君のその闘争心は非常に『向いている』」鋼璽は口元を吊り上げて笑った。

「闘争心だと?」私は鋼璽との間合いを測りつつ尋ねた。

「憤怒と言ったほうが良いかね?君は今怒りに支配されている。その怒りの炎…見ているだけで焼け焦げそうだぁ」鋼璽が大袈裟な動きでおどけて見せた。私はその表情、動作、声、総てに我を忘れて鋼璽に掴み掛かった。

「ははははははは、本当に君は『向いている』」何処にそんな余裕があるのだろうか、鋼璽は襟首を掴まれたまま微笑を絶やさない。

「何を!?」そう言って私が拳を振り上げた時、それは起こった。

ブンっと言う重低音が響き、それから連続的にその音が鳴り続けた。構わず私は鋼璽を殴り倒した。鋼璽は派手に吹っ飛び、敷き詰められた玉砂利が渇いた音を立てる。

 

一瞬の静寂があり、鋼璽の方から鳴っている重低音だけが耳に残った。鋼璽は一度殴られた頬を右手でなぞると、落胆したように溜め息を吐き、ポケットから光り輝くソレを取り出した。

「何だソレは?」私は鋼璽の持つ神々しく太陽の様な光を放つ一種異様な物体について尋ねた。

「ヒトの持つ感情に反応する物質。今では失われたとされる物質。この世界の中で最高の素材であり、金属。…コレの名は『ヒヒイロカネ』」鋼璽はニィっと笑うとソレを私に投げて寄越した。

「『ヒヒイロカネ』?」放物線を描いて私の方に落ちてくるソレを私は両手で包み込むように受け取った。輝きを増したソレは私の手の中で神々しく、禍々しく、そして儚さの入り混じった光を放っていた。

「そう、ソレは『オリハルコン』とも言われた事が在ったが、『オリハルコン』と言う物質はこの『ヒヒイロカネ』の出来損ないに過ぎない。『オリハルコン』は非常に軟らかい物質だからね」鋼璽はそう言うと埃を払う仕草をして立ち上がり「武器に適していない」と言った。

「で、これが何だと言うんだ?武器だと?」私の質問に厭そうな顔をして、それから諦めたような顔をして鋼璽は話し出す。

「つまりはね『ヒヒイロカネ』は『邪心』と闘う為の武器なのだよ。ヒヒイロカネと邪心に纏わる話は昔から各地に伝わっている」鋼璽は長々と薀蓄を語りだした。

 

 

 

第一創世記(ニニギソノカタリ)

 

 

世界が始まった時、それはただ安寧なる世界だった。

争う事もなく、抗う事もなく、静かだが力強い流れがそこにあった。

世界とはこの地球であり、始まりを迎える以前は何もなかった。

天翔空船に乗り、彼と彼の一族が降り立った時、世界は暗闇に包まれていた。

彼は平坦な世界を分ける事にした。

大地と空に分け、再びそれらがくっつかないように海を作った。

ただ大地と空と海が広がる世界に彼は可能性を植え付けた。

世界はゆっくりと今在る世界へと向かって流れ始めた。

 

ヒトが生れたのは大地と空と海が分かれ可能性が芽生えヒト以外の生物が世界に定住するようになってからだ。

彼は彼の一族と相談し、数多の生物を管理すべく、自分達に良く似たモノを作り出すことにした。

彼は先ず自分の足元の大地を練り合わせ始めた。

大地は黄金色に輝く土(ヒヒイロカネと言われている)で、その大地から生れたヒトは黄色人と呼ばれるようになった。

彼は彼の船に乗り大地を廻った。

噴火している火山の燃え滾る溶岩から赤色人、凍て付く大地からは白色人、深遠の森の土からは黒色人、最後に空と海を一掬い混ぜて青色人が作り出された。

こうして黄色、赤色、白色、黒色、青色の五色のヒト-『五色人』が生み出されたのである。

 

ヒトは彼の寵愛を受け、ありとあらゆるものの良い部分を組み合わせて作られた為、世界に住んでいた何よりも素晴らしく、彼に近い存在になった。

その世界は忌むべきものも忌まれるべきものもなく、ただ安寧なる時がそこには在った。

争う事無く、抗う事無く彼と彼の一族と、生み出された五色人と数多の生物と世界は安息なる永住の地を得たかのように時の流れるままに、永遠にも近い時間を過ごした。

永遠にも近いその時間の中で彼は彼の肉体には限り在る時間しか残されていない事を知った。

彼は静かに決意した。彼は彼の一族に言った。

 

 

私の肉体はもうじき滅するであろう。

私はこの世界になり皆と共に生きよう。

私は永遠に不滅の存在となり永遠に世界を見守ろう。

 

 

彼の言葉通りに彼の肉体が滅びた時、彼は世界になり世界は彼となった。

そうやって彼は世界の全てに宿った。

こうして八百万に彼が宿り、脈々と流れは受け継がれていく事になる。

実に整然とした世界がそこにはあった。

全にして一、一にして全の世界だったからだ。

土塊から作られたヒトも世界になった彼を得て、彼の一部になっていた。

無論、ヒトの一部も彼であるが。

この完全なる循環律は『邪心』と呼ばれるモノが芽生えた事により崩壊する。

彼になった大地は目覚め、はじまりの大地は脈動を始めた。

天都の地は裂け一つだった大地は方々に砕け散った。

そうして大地に込められていた『感情』が世に解き放たれたのである。

感情は空に天気を与え、空はその感情を天気によって表す事ができるようになった。

感情はゆっくりと全てを蝕んでいった。

その緩慢さに感情に侵された事に気付いた時には『邪心』が芽生えていた。

『邪心』により世界は安息を失った。

 

傲慢さが嫉妬を産み落とし、嫉妬は強欲を呼び、強欲はによって怠惰が生れ、怠惰によって暴食が起きる、暴食は色欲の余裕を見出し、色欲は憤怒の『邪心』揺り起こした。

 

こうして生れた『邪心』は安寧なる世界を討ち滅ぼそうと幾度となく争いの種をばら撒いた。

『邪心』は全てに宿り、『邪心』に芽生えたものは互いを討ち滅ぼし合った。

それは大きなうねりとなり、世界は滅亡の途を辿った。

 

はじまりの大地に残った彼の一族はただ世界が滅びていくのを見つめていた。

 

 

 

第二創世記(ナカツカミノアラタ)

 

 

世界の滅亡は簡単に訪れ、天翔空船の中で彼の一族は燃え上がる大地と、怒り狂う海、そして憂いに満ちた空を見つめていた。

彼は全てに溶け込んで、彼はこの世界に存在し続けている。

彼の一族にも彼は宿り、彼はこうなってしまった原因を考えた。

それは彼自身の行動によって引き起こされた事、『邪心』も彼の中に在った事に気付いた。

彼の一族に宿る彼はまだ彼自身として息衝いており、やがて彼は『邪心』によって彼が全ての存在の中から薄れて消えていくと言う事を悟った。

彼は永久なる時を越え、彼自身を再びこの世界に呼び戻す為の知識を残す事にした。

 

天翔空船に彼はありとあらゆる知識を込めた51の文字を刻んだ。

 

それから、大地と海と空が静まるのを待ち、彼に近い、五色人の長を集めた。

 

 

五色の私よ、私と私の一族は深く長い眠りにつくだろう。

今や世界は『邪心』に侵され、安寧なる日々はもう取り戻す事は出来ないだろう。

嘆く事はない。

私は総てに宿り、私は総てであるから。

五色の私よ、私は永遠にお前達の中に行き続けていくから。

何時しか再び『邪心』は世界を混乱に導き、破滅させるだろう。

(欠損)

(欠損)

そうなった時、如何に私達は無力であったか私は知った。

美しき世界はどれほど儚いものであったか、安寧がどれほどの幸せだったか、私は忘れない。

五色の私よ。

再びこの平穏が討ち滅ぼされるような時が来たら、このはじまりの大地を思い出せ。

お前達の『素』(そ)を思い出すが良い。

 

 

五色の王よ、白人には『力』を与えよう。

五色の王よ、黒人には『肉体』を与えよう。

五色の王よ、青人には『魂』を与えよう。

五色の王よ、赤人には『精霊』を与えよう。

五色の王よ、黄人には『創造』を与えよう。

 

 

『邪心』が満ちぬように、私は命ずる。

 

 

黄人は始まりの地に止まり時を待て。

赤人は西の果てで安寧を祈り続けよ。

青人は南の果てで純潔を保ち続けよ。

黒人は世界の中心から種を増やせ。

白人は北の果てで打砕く力を蓄えよ。

 

 

こうして五色の王はそれぞれの一族を連れ、大地の端々に散っていった。

 

やがて世界は何度目かの終焉を迎え、そして、世界は何度目かの創造をされた。

このころには『邪心』完全に世界に溶け込み、五色人はいつしか通じ合う言葉を失った。

既に五色人は自らに課せられた使命も、与えられた力も、すべて見失い。

彼等の根底にあるのは互いを滅ぼし合い、支配し、この世界の頂点を目指すという愚かしい『邪心』だけになっていた。

 

 

 

「さてと、僕の知り得る神話は此処までです」鋼璽は莫迦みたいに長い薀蓄を語り終えると、私の掌に納まっている『ヒヒイロカネ』に目を向けた。

「いや、ちょっと待て。長い話はご苦労であったが、今の話、私が尋ねた事の答えになっていないぞ?」私は鋼璽の目を睨んだ。微妙な沈黙が私達の間を通り抜けていった。

 

「…ああ、そうですね。」鋼璽は驚いたような表情をした。

莫迦にしているのか?」私はヒヒイロカネを持つ手に力を込めた。

「いえいえ、決してそのような事はありませんよ」鋼璽は私に殴られた痕をそっと撫でた。私はそんな鋼璽に肩を竦めて見せた。

「では、続けますね。」カラカラと笑い、鋼璽はその荒唐無稽な話の続きを語りだした。「『ヒヒイロカネ』が何故『邪心』と闘う為の武器で在るのか。それは、驚くべき事に『ヒヒイロカネ』自身が生きており、『ヒヒイロカネ』は感情を喰らう事により自らを活性化する事の出来る物質であるからだ。『喜怒哀楽』であろうが、たとえ、それが『邪心』であろうが『ヒヒイロカネ』は感情を喰い、その身に宿すのである。それ故にヒヒイロカネは感情を喰う-『邪心』を喰らう、つまり『邪心』と闘う為の武器とされた」

「感情を喰らう?」私は理解出来ない概念に対しての純粋な疑問を口にした。

「ええ、『ヒヒイロカネ』は感情を喰らう。実際、『ヒヒイロカネ』に邪心を喰わせて見ると言う実験も行ってみたのですが、マウスをはじめとした動物では思うような結果は出ませんでした。サルと、チンパンジーと言った類人猿でも微弱に発光する程度で、今のような輝きは維持出来ませんでした」鋼璽は興味深そうに私の拳から漏れ出るあらたかなる光を愛しそうに見た。

「で、人間のもつ感情にしか反応しないと言う事か?」私は拳を緩めた。

「いえ、一概にそうは言いませんが、現状では人間の感情にのみ反応すると言って良いでしょう。人間の感情が一番罪深く、欲深いですからね」鋼璽は空を仰いだ。鋼璽の話はまったく持って信用することが出来なかったが、自分の中に渦巻いていた憤怒の波が左手に持った『ヒヒイロカネ』に吸い込まれるように鎮まっていくのを感じると荒唐無稽の話を信じたくなった自分がいる事に気付く。

「しかし、『ヒヒイロカネ』によって『邪心』を封じたところで、世界はなんら変わらないのではないのか?人間の数だけ感情はあるし、人間が居なくならない限り欲望がこの世界から消えてなくなるって事はないぞ?」私は鋼璽の話はとても収束を向かえる事の出来る話のようには思えなかった。

「そうですね。君の言う通り、邪心はこの世界から無くなる事はないでしょうね。しかしながら、一定以上の『邪心』がこの世界に蓄積されれば再び大異変によって人間は滅ぼされるでしょう。ノアの方舟の伝説、カッパドキアや、かのソドムとゴモラの再現となるでしょうね」鋼璽は空を仰ぎながら右手を空に伸ばした。

「…滅ぼされる?それは何かの意思によって、と言う事か?」私は鋼璽の言葉にあやをつけた。

「これも、君の宗教の話では在りませんでしたか?ノアの方舟の伝承で言えば神が地上に増え始めた人々が悪を行っている事に対して大洪水、つまり大異変を引き起こし、滅ぼす。悪徳と淫欲の街、ソドムとゴモラもまた神の手によって滅ぼされた。つまり、神の意思によってですよ」鋼璽は両手を空に向けて広げ高々と笑った。

「…鋼璽、百歩譲って、お前の言う通り、『邪心』がこの世界に蓄積され、神の意思が行使されるまで余裕はあるのか?」私は鋼璽の話す事がどうも根拠のない事実だとは思えなかった。

「余裕は正直ないですね。君も知っての通り、この世界は欲望に塗れている。特に、この日本なんて顕著なものさ」鋼璽は自嘲した。

「それで、お前は何を望み、私は何を成せばいい?」前に進まない話に苛立ちながら直球を投げた。

「ハールバルズ、貴女にはこの『ヒヒイロカネ』を用いて『邪心』を狩って頂きたい」ここまでくればもはや笑い話でしかない。私は笑いを堪えつつ「もし、お前の言う通り『ヒヒイロカネ』を用いて『邪心』を狩ったところで、この世界に蔓延った『邪心』の総てを消し去ることなんて実質不可能な事だろう?それが人間の感情と言うなればこの世の根源にまでその根を蔓延らせているのだから。もし私が『邪心』を狩ったところで何ら意味がないのではないか?」と鋼璽を睨んだ。

「あはははは、夢も希望もない事を言われますね」鋼璽は腹を抱えて笑い出した。

「お前のような絵空事を語れる歳ではない、そもそもお前だってオリジナルは…」私の言葉を遮って鋼璽は「相変わらずのリアリストだ。現実に起きる事しか信じないし、体験したことしか信じてもらえない、そんな君にどうやったら≪僕と共闘し、『邪心』を狩ってもらえるか?」多少、考えて見ました。」困ったような表情を浮かべ、鋼璽は腕を組んだ。妙な威圧感が鋼璽から溢れ出てくる。その覇気とも邪気とも言えぬものに名状し難い緊張を強いられた。多分、一瞬であったろうその時間は永遠のように感じられた。

「結論から言いますと、貴女には、無理矢理にでも体験して頂きます」鋼璽は素早く間合いを詰めると、私の持っていた『ヒヒイロカネ』を取り上げた。

「体験、だと?」私は一瞬で間合いから外れた鋼璽の背中を射るように睨む。

「ええ、試してみませんか?僕のお話した事が現実であるかどうか、貴女自身の身をもって」鋼璽は少しだけ哀しそうに笑うと、静かに目を瞑った。ゆっくりと鋼璽から黒い焔が立ち昇ったような気がした。

「鋼璽?」私は妙な胸騒ぎから鋼璽に近づく事が出来かなった。鋼璽の持った『ヒヒイロカネ』は山吹色から段々と赤褐色へと光の色を変え、禍々しさが際立った。

「ハールバルズ、貴女にこれが見えますか?これが『邪心』ですよ。」鋼璽は爛々とした目で私を見て、手に持ったヒヒイロカネを頭上に掲げた。私は知らぬ間に後退りをしていた。目の前にある異質が恐怖を呼び起こすのか、私の本能は危険から逃げようとしていた。

「理性の箍(タガ)が無い状態、総てを解き放った状態、ヒトと違う理に生き、ヒトの姿を持つ異形。」鋼璽は何処からどう見ても普通の青年にしか見えない。しかし、何だ、この異質として感じる何かは。

「この世界の総てに宿った『邪心』は食物連鎖の末にヒトに蓄積され、最高の力を発揮するのだ。今、俺に満ちている『邪心』は…」鋼璽の私を見る目に邪な光が灯ったように思えた。

「この…化け物め」私は本能から込み上げた言葉を口にした。

「化け物か」鋼璽は全身をうねらせて言葉を紡ぎ続ける。「そうだな、俺に満ちたこの『邪心』はハールバルズ、お前を犯したいという色欲、そして、俺の考えを≪判らせたい」と思う傲慢だ≫ニタリと笑って鋼璽は私を舐めるように視線を爪先から這い上がらせ、顔で止めた。

「さぁ、自分自身の目で見て、その身体で感じるがいい。この世界を打ち滅ぼそうとする『邪心』を」そう言うと鋼璽の持った『ヒヒイロカネ』が耳障りな甲高い音を立てる。ゆっくりと『ヒヒイロカネ』は広がり、形を変え、赤褐色に光り輝く大仰な槍が鋼璽の手に顕現した。

「な!?」信じられないその妙な現実を前に私は絶句する。

「なぁ?言った通りだろ?俺の言葉を信じないお前は、刻んで、動けなくなってから飽きるまで犯して、それから殺してやる」鋼璽は残忍に口元を歪めると、私に向かって駆け出した。

 

妙な現象と、鋼璽の異変で不意を突かれ、私は一瞬の隙を作ってしまう。

その一瞬に間合いを詰められ、鋼璽の槍が私の頭に狙いを定め一直線に迫ってくる。

冷や汗と鳥肌が全身を覆いつくし、死を覚悟する。

走馬灯に火が灯るよりも早く、身体の硬直が解け刹那の差で私は頭をずらす。

ビッと風と私の頬を斬る音。

鋼璽の持った槍は私の頬を掠め、後方まで伸びきった。

髪が幾束か千切れて舞った。

エクスタシーにも、オーガニズムにも似た快感が全身を走り抜け私は我に返る。

目の前には硬直しきった鋼璽の首筋。

私は何の躊躇もなくその首筋にに手刀を叩き込んだ。

肉が骨の上を滑る感触、それはけして良いものではない。

それでも鋼璽の口から漏れた苦悶の声はそれを忘れさせるほどの快楽を私に与えた。

鋼璽は驚愕の表情を私に向け、それからがくり、と膝をつき、項垂れる。

音も立てず鋼璽の持っていた『ヒヒイロカネ』の槍が玉砂利の上に落ちる。

 

 

そう、それは私の足元に無造作に転がっているのだ。

 

 

心臓がドクドクいっている。

再度、槍で突付き回されるのは御免だな、と私はそれを拾った。

 

-生きたいか?

どこからとも無く、しかし、地の底から這い出るような声が私には聞こえた。

「ひっ?」私は辺りを見渡す。鋼璽が私の前で項垂れている他にはヒトの気配が無い。

 

―生きたいか?

もう一度その声が問う。

「わからない」私は呟いた。

項垂れたまま鋼璽が立ち上がる。そのまま嫌にゆっくりと顔を上げる。目は焦点が合っておらず、そこにある狂気を私は悟った。

「うあああああああああああ、うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。このクソアマ、斬って犯すだけじゃ足りねぇ。もっと蹂躙してやる。そのクソっタレな頭を落としてそれから考えるか」咆哮した鋼璽だったソレはポケットから『ヒヒイロカネ』をボロボロと取りこぼしながら引き摺り出すと、両手に持った。

先程よりも早いモーションで『ヒヒイロカネガ』変化を始める。それは数秒でナイフ形状へと変化を果たした。鋼璽は躊躇うことなく、正確無比な動きで両手のナイフを操り、斬りつけてくる。

私は再び恐怖のあまりに身体がすくんだ。

此処で、この地で死をむかえるのならば、それなりに良いんじゃないかって。

どうしようもないなぁなんて諦めにも似た感情の中にあの声が響いた。

 

―生きたいか?

今度は迷わない、躊躇わない、「生きたいわよ!」私は心からそう叫んだ。

刹那、手に持った槍が輝きだした。

 

―お前の『邪心』我に寄越せ

槍が身体の一部になっていくイメージ、そして、迫りくる鋼璽の動きがゆっくりとスローモーションでも見るかのように見えた。

「これは?」私は信じがたい現実を声に尋ねた。

 

夢現結界。見えて見えざる結界だ

声は軽く笑うと、《行くぞ?》と言った。

私の身体は無意識に構え、鋼璽の動きをトレースする。

鋼璽との間合いがゆっくりと詰まる。

鋼璽の射程内に入った事が自然に【解る】。

私は半歩左足を下げ、反撃に用意をした。

鋼璽は身体を極限まで下げ、そこから一気に私の喉笛めがけて右手を一閃。

太刀筋が先行してゆったりと見える。

その後をなぞるようにして鋼璽のナイフが付いてくる。

私は軽く上半身を反らせて、それを避ける。

まるで時間という概念から解き放たれたような感覚。

逃げ遅れた私の髪が薙がれて散った。

間髪を入れず、もう一閃、左手に逆手持ちしたナイフが私の心臓を捕らえようと食指を伸ばす。

それすらも私は難なく避ける。

二撃で止めを刺すつもりだったのか、鋼璽の身体は張り切ってしまう。

まるで、そこに一撃を喰らいたいかのように。

そこからスローモーションが解け、私の両手は躊躇いも無く手に持った槍を鋼璽の胸に突き立てた。

 

感触が伝わってくる。

先ずは服を裂く感触、それから皮を裂き、肉を切る感触。

 

 

【命を貪る感触!!!】

 

 

その感触の一つ一つが快感と成って全身を駆け抜ける。

口から漏れる自分の吐息にハッと成る。

『ツプッ』と心臓に槍の穂先が食い込み、鋼璽の身体が大きく痙攣する。

そして、鋼璽は私を見上げた。とてもとても澄んだ目で。その目に映るあたしは恍惚としており、残忍な焔をその目に灯していた。

二、三回口をパクパクと動かすと鋼璽はその体躯を大地に委ねるようにゆっくりと崩れ落ちていった。

「あ…はぁ……。なんて…」自分の口から漏れる言葉に我が耳を疑いながら、私は自分自身の何かが壊れてしまった事を悟る。「気持ち良いのかしら」呻きにも似た笑いが咽喉の奥から湧き上がるのを堪え切れず、唇から笑い声が漏れた。

「あはははは…あははははははははははははは…あははははははははははははははははははははははははははは」それはもう、自分で笑っているのか、誰かが笑っているのか、さっぱりと分からなくなっていた。笑い声が頭の中で反響して、自意識がもう、何処かに消えてしまったようにあたしは笑い続けた。

 

 

 

 

「ぶっ壊れた女の回収って、毎度の事ながら厭になりますね」部屋の中央に設置されたプロジェクタ式のモニタには死体を前にして笑い続ける女を映し出していた。

「仕方あるまい、これが【お仕事】だからな。しかし、今回はキレイにキマッたな」直属の上司である『課長』が一年中その顔に張り付きっぱなしの笑顔を俺に向ける。

「そうですね。それにしても、見事に心臓を一突きですよ」俺は死体をズームにして映し出した。

「それだけ素材の性能が良いということだろう?」課長はニコニコと笑いを絶やさずにコメントした。

「…はい。さて、回収に行ってきます」俺はそう言うとトレーラーのハッチを開けた。

「おう、殺されないようにな」課長は笑みを絶やさずに手を振った。

 

無題の一

さて、『節理』について考える。

また、『ルール』について考える。

考える、考える、考える、考える、考える、考える…。

 

・・・答えなどない。

 

この思考の袋小路の中で俺は一生の大半を過ごしてきたという事実を思い知らされる。

それは時が満ちるには丁度良いタイミングで、俺知ることになる。

 

『摂理』を。

 

 

 

偉大なる先人たちが哀れなる俺たちに遺したモノ。俺たちが開くべきトビラは目の前に在って、俺は静かにそのトビラを押した。今まで静かに時が満ちるのを待っていたそのトビラは静かにその大口を開けたのだ。

 

光があふれ出した。

 

俺はゆっくりと光に包まれたそのトビラの向うに踏み出した。

 

ー邂逅。

 

言葉を持たずに俺は生まれてきた。始まり《あ》と終わり《や》を口にして人《や》となった。命として与えられた試練を乗り越えた。在ったのは旧い知識。『四十八の音』。神をも創りし力の宿った四十八の音を用い、四十八の音を操る。神【天皇】の数だけこの知識は息衝き、力となったのである。

 

信仰ではなく摂理。

信心ではなく原理。

信徒ではなく学者。

 

総てを司る力の操者としての知識を俺は振るう。

 

家族のため、友のため、女のため、子供のため、自分のために。

 

 

 

 

封印などというものははじめから無く、総てに於いて開放されていたのである。

 

ー世界。

 

それは夢のようで、儚くも消えてしまう泡沫。

 

その昔、『大蛇』と呼ばれる、モノが在った。

邪なる心の集合体であるソレはひとつの大きな塊に成った。

大きな邪な心はうねり、連なりまるで地を這う蛇の様相だった。

大きなる邪心は『大蛇』という名を与えられ、肉体を持つことになる。

大蛇という名はトヨウケにより命名された。

やがて大蛇がその身に世界を宿すなど誰も思わなかった。

 

 

大蛇は夢を見た。

贄の儀式を阻止され憎悪に満ちた目で夢を見た。

大邪たる大蛇。

それは山をも覆うくらいに大きく成長し、八つの首を持つようになる。

切り落とされた7つの首と14の目が自分を見ている。

首は各々散らばって転がっていたが、その口からは憎悪を吐き出し、悪意を吐き出した。

それらは暗雲となり立ち昇り、世を穢さんとした。

しかしながらそれら7つの首は程なくして封印され、大蛇は人々の心の底に名を刻みつつも忘れ去られていった。

身に残った最後の首は呪詞を吐き出すと世界を覆いつくして横たわった。

ソサノオはその呪詞を一身に受け、大蛇に止めをさした。

昏く濁ったものがその地に残り土と成った。

こうして我々の住む世界である千年大和が出来上がったのである。

 

 

 

千年大和はやがて人間が蔓延り、様々な思惑が生まれ始める。

清浄だった大地は大蛇によって穢され、穢れた大地から取れる食物を摂った人間もまた穢されたのである。

やがて、穢れを一身に背負うもの(ソサノオの末裔とも言われる)が人々についた穢れを落とし禊を結ぶものとして祭られるようになる。大地の意思を聞き、人間と自然の仲人というべき彼らは『蛇の御子』と呼ばれ、現在に伝わる巫女の元となった。それは世界の総てを掌握する存在として認められた事と同義であった。

蛇の御子は蛇を鎮め、世界を治める事で崇め奉られていたが、ある時例外が起きる。

 

後の世に『地獄の釜』と伝えられるこの出来事は大蛇のの封印とされていた千年の剣を手にした御子によって引き起こされた。

なにゆえに千年の剣を手にしたのか、それは定かではないが、伝えられている伝承によれば御子の夫たるものが鬼と化し、世界を喰らいつくさんとした為、それを阻止すべく御子は大蛇の社に祀られていた千年の剣を引き抜き、己の魂を喰らわせたとされている。

千年の剣の出した条件は御子の総てを剣のものとし、その代わりに剣は鬼を打ち滅ぼし世界に安寧を取り戻す、と言う事だった。

 

御子と鬼との戦いは三日三晩に及んだ。最期のとき、剣は御子を喰らい、鬼をも喰らった。しかしながら鬼の右手のみが現世に残る。剣は御子の身体を得る事となった。

御子が封じられ、世界は綻びを見せ始める。世界たる大蛇と、人間との架け橋たる御子。架け橋を失った人間が世界を食潰さんとしたためである。

バランスを失った世界と人間の間に暗雲が立ち込め、確実たる滅びのときが迫っていた。

世は荒廃し、人々の心は壊れた。大蛇は夢から覚め、その眼を開ける。千年の剣が身体を貫いているのが見えた。意識を向けると、その剣に御子と鬼が封じられている事がわかった。

剣の意思が、大蛇を、世界を撃ち滅ぼそうとしている事がわかった。

 

大蛇は剣の中に眠る御子の魂に語りかける。

ー御子よ、我を再び封じてはくれぬか、と。

御子は答える。

ー私は愛すべき夫と永遠の眠りにつきました、再び現世に戻りたくはありません。私が現世に戻れば、また、鬼も目覚め、世界を壊すに違いありません、と。

大蛇はしばらく考え。

ーならば剣に操られし汝の血。新しき御子の誕生に使わせてもらう、と。

御子は平穏な声で答えた。

ー我が血肉は元より大蛇の為に在ったもの。それを大蛇が何に使われようと私には異存はございません、と。

大蛇は静かに。

ーわかった、と言った。

 

御子の身体に宿った剣の意識が揺らぐ。突然立ち眩みのように目の前が暗く濁り、意識が落ちそうになる。前身であった千年の剣に摑まり、何とか倒れそうになるのを堪えた。

ーその身、返してもらうぞ。

強力な意思が剣の意識を御子の身体から奪い取る。剣は深い眠りに落ちていった。大蛇は意思を御子の身体に残し、それから我が身を貫く千年の剣を引き抜くと、再び深々と大蛇の身体に突き刺した。二度と抜けぬように。

しばらく黙祷し、御子とひとつに成った自分に名をつけた。

名を得た御子と大蛇の融合体は不安定な世界を喰らい、新しき世界となった。この動乱を『地獄の釜』と呼ぶ。

 

 

 

 

瞬く間に時は経ち。平成の世。

世界は再び滅びの道を歩み始めていた。御子の血はいずこかに消え、邪心が渦巻いていた。世界を正す道は世界と成る道のみ。

異常気象と呼ばれる邪悪なる意思によって人の世は終わりを見ようとしている。誰しもが気付き、誰しもが抗おうとしていた。しかしながら矮小なる人間の力は自然たる邪心に抗う術を持たず、最後の灯火も消えようとしていた。

 

常世も地獄も同じであればそれは安寧たる世界であろうよ。

地獄も天国も同じであればそれはますます安寧たる世界であろうよ。

常世も地獄も天国も同じであればまさに『地獄の釜』が開かれたと言えるだろうよ。

 

 

 

御子の血は各地に散らばっていた。

目的は失われ、世界を掌握することができるという異説が流布され、血を受け継ぐものたちは世界を手に入れようと争いを始める。

純粋な欲のため。

世界を護るため。

使命を全うするため。

闘いの本能を満足させるため。

愉しむため。

巻き込まれたため。

 

それぞれの理由。

それぞれの立場。

 

いま世界を取り戻すための時間が流れ始めた。

リハビリ

Twitterで呟く事がメインになってから、長文を書かなくなった。

ブログはこうして残って居るにも関わらず、その更新すら半年とか一年しないのがザラになったりね。

mixiをやって居た頃は未だ少し長めの文章を書いたりしたのだけどもね。

年末の忙しい最中なのだが、後厄の最後の大爆発というやつだろうか、流行り病に罹患し外界と隔絶され一人、隠者にでもなったかの様に家の奥に閉じ籠って居る。

2年前に一度コロナ疑いで2週間ほど強制的に休まされた時は其れなりに元気で今とは違う季節だった。あの時も人生のターニングポイントになった。

今回もそうなってくれるといいのだけども。

こうして文章を書くという能力はきっと訓練の賜物で。

文章を書くことをやめたのは、いつだったっけ、自分。

なんにしても書きたいという欲が急に消えた。あれからどれくらいの時間が経ったか。

少しずつ、何か創作をしたいという欲求が高まってきた。

此の文章はそのリハビリといったところだ。

40も半ばに来たおっさんはこの先の人生に何を見いだせるのか。