ledcannon’s diary

美作古書店

櫻ノ海 序章

櫻ノ海

 

-序章-

 

童歌-ワラベウタ-

 

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2006年。平成18年。昭和の時代も遠く成りつつあった、あの時代に確かに僕達は生きていた。

 

 

 

三枝 俊也篇

 

 

冬もどこかにその姿も潜め、久々に春らしく晴れ渡った空。心地好い日差しが降り注ぐ四月の午前中。

俗世の喧騒を忘れそうになるくらいの穏やかなスカイブルーの空が窓の外には広がっている。それなりの住宅街だというのに様々な鳥たちの歌声が山に木霊して反響している。ああ、こんなに緩やかに流れていく時間を満喫するのはどれくらい振りなんだろう?

曾祖父の50回忌で生家に帰省したのが一昨日の事。

昨日は法事で親戚に挨拶したり、飲めない酒を飲まされたりしてゆっくりと出来なかった。今日くらいはまったりと過ごそうと、心に決めていた。

 

久々に実家の自室で寛ぐことが出来たのは日頃の行いが良いからかもしれないな。

淹れ立ての紅茶がその芳しい香りを部屋一杯に広げ、その美味たる味を堪能しようとカップに口をつける。紅茶マニアの友人がわざわざトルコにまで赴いて買ってきたRize(リゼ)。輸出量の非常に少ないこの銘柄を、春麗らかな午前中に愉しめる、この幸せ。久々に味わう時の堪能と言うか。

 

-ああ、幸せだ。

 

ロッキングチェアに深々と腰掛け、紅茶を啜りながら妹が作ったクッキーを口にする。クッキーの食感と、紅茶の香りを堪能し、チェアサイドテーブルに載せてあったノート型パソコンの電源を入れる。黄緑色のLEDが点滅してゆったりと電源が入り、のっそりとOSが立ち上がる。

 

しばらく窓際の暖かな陽光に包まれながら、Webサーフィンをする。まどろみの中に居るような穏やかな時が流れ、僕は時間と言う概念から解き放たれたよう夢心地の中に居た。そんな僕のささやかな幸せがたった一つの投石で簡単に台無しにされた挙句、大きな波に巻き込まれるなんて誰が思いつくだろうか、いや思いつくはずも無い。

 

-もし、そんな事があるのなら無粋にも、程があると言っていいだろう。

 

と、思っているそばから携帯電話が振動し、追ってメールの着信を告げるメロディが鳴る。携帯電話をポケットから取り出し、着信したメールをチェックする。

 

 

『枝さん、【かごめかごめ】って知ってるよな?【帝都大戦】で使われたこともある、有名なあの歌』 

 

件名も無い、唐突且つ、突然送られてきたそのメールは皆川からのものだった。そしてそれは僕のひとときの幸せをぶち壊すには相応しいものだった。しかしながら、そのメールが何を意図したものか僕にはさっぱりわからなかった。

 

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだあれ

 

 

『これは俺達が良く知っている歌詞。枝さんも勿論知っているだろ?』

 

メールには昔から馴染みの童歌の歌詞とご丁寧にMidiファイルまでもが添付されていた。

「なんだこりゃ?」僕はMidiファイルを再生すると、【かごめかごめ】の歌詞をもう一度、音楽に合わせて読んでみる。

 

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだあれ

 

 

-そういえばいつだっけ、最後にこの歌を歌ったのは?

 

長い間、記憶の奥底に在ったため、久し振りに読んだこの歌詞に僕は違和感を感じてならなかった。メールに添付されていた歌詞を何度か読み直すうちになんとか、違和感は払拭できた。

 

『江戸時代に作られた童歌(わらべうた)って事は枝さんも知っているだろう?でも、この童歌作られた当初は本当に児戯の歌だったわけだが、発展して口寄せ(くちよせ)の儀式に使われるようになったんだ』

 

「ん?口寄せ?」潮来(いたこ)とか、霊媒師とかああいう胡散臭いやつか。僕は冷静にメールを読み進める。

 

『先ず、初期段階の童歌』

 

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ 出やる

夜明けの晩に

つるつるつくぼうた

 

 

『この歌詞は最古のものとされている。いたってシンプルだろ?意味としては…』

 

 

屈(かが)みなさい、屈みなさい (囲みなさい、囲みなさい) 

輪の中にいる子は

いつになったら、(外に)出られるのだろう

いつかは判らないけれど

(輪を作る者は)、さっとしゃがんだよ

 

 

『って事らしい。で、話を元に戻すが。口寄せの儀式に使われるようになったってさっき書いたわけだけど、それが【地蔵憑き】』

 

【地蔵憑き】?

見慣れない単語に僕は戸惑いながら続きを読む。

 

『【地蔵憑け】【地蔵遊び】とも言うらしい。一応、ささっと調べてみたが、どう考えても儀式としか思えない事をするわけだ』

 

なにやらメールの内容はオカルティックな方向に向かっている。それでも、それなりに面白かったので僕は続きを読み進める。と言うか、読まないと後から五月蝿いしな。暇潰しということで割り切って読むことにしよう。

 

『【地蔵憑き】のやり方だが、村々の地蔵堂に安置してある地蔵を村の集会場にあたる場所に持ってきて、一人の目隠しをさせた子ども(目隠ししない場合もある)と向かい合わせて座らせる。次にその地蔵と子供を何人かの人間(大抵の場合大人)が取り囲み、歌(あるいは呪文のようなもの)を歌う』

 

-想像してみた。

情景を思い浮かべる。山奥の村で部外者が誰も居ない。子供を一人選択し、贄としてか、依り代としてか。大人達が取り囲み、呪詛にも似た歌を歌うのだ。

それは厳格なる『村』の儀式。怖気がする木々のざわめき、そして木霊する村人達の歌。一瞬意識が何処か飛びかけた。

 

『さて、…ここで言う歌というものは「物教へ(ものおしえ)にござつたか地蔵さま、遊びにござつたか」や「南無地蔵大菩薩、御憑きやれ、地蔵さん、地蔵さん、地蔵さん」など数限りないヴァリエーションがある。地蔵と対面して座っている子どもに、地蔵を乗り移らせる為の歌らしい。あくまで、ここで歌われていたものは【かごめかごめ】ではない。他の何か、だ』

 

まったくもって、皆川の妄想力と文章力には舌を巻く。情景をここまで呼び起こさせるとは…。

こいつの文章自体に何らかの言霊でも込めてあるんじゃないのかと、思いながら『取り敢えずは読み進めなければ』と言う義務感みたいなものに駆り立てられる。いつの間にか皆川の始めた新しい遊びに少しだけ付き合ってやろうかなんて思い始めた自分がいる。

 

『そーいう歌をしばらく歌っていると、地蔵と向かい合っている子どもが震えだしたり、なにやらあっち系の発言をしたり、まぁ異変が起きる。すると周りで歌を歌っている大人たちは地蔵が子どもに乗り移ったことを悟る。所謂、トランス状態を引き起こすんだろうな、同じリズムで同じ大きさで繰り返し同じ歌を歌えばトランス状態にも陥るだろう』

 

トランス状態、か。

僕は再び情景を思い浮かべる。

それは怪異なるモノであり、現実離れした情景。大人子供入り乱れてたった一人の子供を取り囲む。それらの瞳に潜むのはありったけの狂気。

それは夜に行われたのか?

それとも日中に行われたのか?

きっと村を挙げての一大イベントだったに違いない。であれば真昼間から行われていてもなんら問題は無いだろう。

そして逆に、これは僕の想像に過ぎないが、真昼間から【地蔵憑け】の儀式が行われていたらそれこそ恐怖だと思う。穏やかに降り注ぐ太陽の光の下で異質の空気に澱んだ世界が広がるのを垣間見た。

 

『それに付け加えて、後から【地蔵憑き】の祀歌として使われる事になった【かごめかごめ】の歌詞の単純さ。そして、微妙に強弱のある音程。祀歌としての理は適っている。さて、【かごめかごめ】を用いる事によって簡単にトランス状態に持ち込めるようになった事だろう』

 

先程展開した【かごめかごめ】のMidiファイルの音声が耳について離れない。唐突に吐き気がし、そして背後に気配。振り向いては負けだと思い、メールの続きを読む。

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるつるつっぱいだ

なべのなべのそこぬけ

 

『こんな詩も用意されている。つまり、【かごめかごめ】自体もかなりのヴァリエーションに富んでいるということだ。そもそも地域ごとに歌のヴァリエーションは在るわけだが、現在残っている歌詞に意味が残っているのか、果たして謎だ。しかし、皆無でないことも確かである』

 

うしろのしょうめんだあれ?

 

一節が頭の中でリフレインされる。

背後に感じた気配。

負けを認めて振り返ってみるが無論、誰も居ない。

居るはずがない。

 

ここは祖母の家で、昔僕が住んでいた部屋。部屋のドアは閉じているし、この部屋の入り口はドアしかない。僕が部屋に侵入するものを見逃すわけがないし、気配を感じるほど大きな物体が突然、顕現するわけもない。いたって健全な現実が此処には在る。

 

『そして、その風習【地蔵憑き】が昔からある土地があるって事をWebサーフィン中に見つけたんだよ。丁度、枝さんの故郷の近くにさ。【とがくしむら】って言う村らしいんだけど…。ああ、【戸隠村】じゃないから気をつけろよ。【咎隠村】って漢字を書く村なんだが、既に廃村になっている。勿論、地図に載っているわけも無ければ、郷土史や歴史の表舞台に表れるほどの村でもない。あくまで当たらず触らず的要素の強い村だ。長い間その村は放置されていたらしく、村に繫がる道は自然に帰ってしまっている。土砂崩れ等で行く手も遮られているらしいんだ。文献や資料によると昭和の早い時期に外部との接触を断絶したらしい』

 

携帯電話の画面を長時間見続けるのは宜しくない。目を瞬かせ、僕は携帯から目を離す。なんだろう、皆川のメールに潜んだ妙な違和感。そしてその違和感を払拭すべく、僕はネットから情報を拾おうとWebブラウザを立ち上げた。検索エンジンに【咎隠村】と打ち込む。皆川を疑う訳ではないが、胡散臭く感じたからだ。そのキィワードを含むページは発見できませんでした、とディスプレイに表示された。

拍子抜け。笑いが込み上げる。皆川にいっぱい食わされたか。失笑し皆川に電話を掛けようと、携帯電話を手に取る。皆川のメールが目に留まる。

 

【咎隠村】

 

【咎隠村】か。咎…とが…。

「-科!?」一瞬、思い浮かんだその文字を素早く打ち込んだ。僕の記憶が正しければ、『科』で『とが』と読むはずだ。予想通り、検索エンジンに2件、キィワードが引っかかった。奇妙な汗が背中を伝うのがわかった。

 

『…むしろ、外部から途絶されたのかもしれない』

 

メールの続きを読む。不吉が脳裏を過ぎる。

 

『諸説有るんだけどな…。【地蔵憑き】以外にもこの村では儀式的なことを行っていたらしい。村の名前の由来も気になるところだが、伝承も文献も残っていないだろう。さて枝さん、こんな面白いネタ一緒に調べようぜ?俺も後から合流するからさ』

 

毎度、ネタに付き合わされる僕の身にもなって欲しいものだ。皆川のネタは全般的に危険を伴うことが多いから、正直関わりたくない…。多分、言っても無駄なんだろうけど。

 

『そうそう、【咎隠村】には【櫻ノ杜】って言う桜の名所もあるらしいぞ、与太話だけど。その【櫻ノ杜】にもいくつかの曰くが在るらしいが、勉強不足だ。調べていない』

 

まったく、ろくに調べもせずにネタを企画か、おめでてーな、おい。返事の返らない相手に僕は突っ込みを入れてみた。

 

『ちなみに、【咎隠村】に行くのに【かごめかごめ】の歌がヒントになるらしいんだけど、資料からどうやって割り出すかはっきりとした使用例を発見できなかった。所詮、ネット上の噂話にすらならない廃村に纏わるエピソードだ、在ってもらって困るんだけどね。まぁ、一昨年【咎隠村】に行ったという人のサイトに【かごめかごめ】を知っているならば村にたどり着けるだろう、と書いてあった。さて、俺もそろそろ長野に向かわないと。また連絡する~』

 

 

メールはここで途絶えた。

皆川の冗談にしては性質が悪い。でっち上げにしては現実にリンクしている部位が多い。単なる嘘であれば現実にリンクするものは極端に多いか、少ないかだ。しかし、今回のメールは偏り過ぎず、かなりリアリティが在った。フィクションで在って欲しいと僕は脳内で叫ぶ、しかし目の前にあるディスプレイは淡々とそれが現実であることを語ろうとしていた。

 

検索エンジンに引っかかったサイトは2つあった。ひとつは大した情報もなく、都市伝説的なものをまとめただけの『一般的な』サイトだった。

しかし、もう一方は皆川の言う体験談を語るサイトだった。管理人、カムイが日本全国を行脚し、廃墟や廃村等の写真を紹介しているサイトで、最終更新は2006年1月となっていた。

 

皆川に昨年の夏、無理矢理連れて行かれた魚津市にある某有名廃ホテルのこともここで取り上げられており、内容を読むと、裏付けがしっかりと取られた信憑性の高いものであった。このサイトの内容はある程度信頼できる情報だと僕は認識した。

【科隠村】の項が在ったのでそれをクリックし、紹介を見る。

 

ページの背景に緑豊かな田舎の風景が選ばれており、この地域が如何に何の変哲もない田舎であるかを現していた。殺風景な写真ではあるが電線が通っているのと、車が幾つか写り込んでいたので、ある程度普通の田舎である事は写真から汲み取ることができた。

 

 

【科隠村】-とがくしむら。

 

長野県上水内郡戸隠村にある戸隠連邦の戸隠山、山中にあるその廃村はあくまで【戸隠村】ではなく【科隠村】である。私はこの村の存在を長野県在住の知人から聞き及び、村の探索を決意した。

 

簡単な地図と戸隠連邦の写真、それから戸隠村の写真が5枚貼り付けられ、それぞれにコメントが書いてある。書かれているコメントから、カムイがどれだけ陽気で博識を持った人間かがよくわかった。

写真とコメントで構成されたそのページ。何気なしに一番下まで閲覧すると妙な違和感を感じた。何かはわからないが、とにかく引っかかるのだ。マウスを左クリックしながらページの一番上から一番下まで下げていく。これで何も見つからなければ越したことはないのだが。

運が悪かったとしか言いようがないだろう。俺は次のページにリンクされた入り口を発見してしまった。

 

 

リンクを辿る。

 

 

このページを見つけてしまった方へ。

 

ここから先は覚悟と責任をもって閲覧して頂くよう、よろしくお願い致します。なお、このページを参考に、何かを行われたとしても、管理人は一切の責任を負いませんので。

2003年7月某日。管理人。

 

黒い壁紙に、赤い文字でそれは書かれていた。

 

 

1998年5月1日。

予てより計画していた【科隠村】の探索を実行すべく、愛車Mark2を駆り私は長野県に向かう。

残業続きの毎日で、久し振りの早起き(4時起き)だったので頭の中は少し靄がかかっていたが心地良い朝の日差しの中で段々と思考がはっきりしてきた。

朝から晴天で、山登りには絶好の日だった戸隠神社から峰に登り、【科隠村】を目指すはずであった。しかし、情報量があまりない上に【科隠村】の存在を教えてくれた友人と1週間前から連絡が取れなくなっていた。

今日は旅の疲れも在るのと、もう一度【科隠】を知っている友人に連絡を取るべく宿を取って休息をすることにした。

 

 

1998年5月2日。

~省略~

取り敢えず、何か伝承はないものかと、まばらに散らばる集落を虱潰しに回ることにした。友人二人と手分けして畑仕事に精を出す老人達や役場、果ては別の町や村の資料館などに【科隠村】の事を尋ねて歩く。

長閑な風景が視界いっぱいに広がっている。

取り敢えずは諦めずに聞き込みを続けよう。

 

 

1998年5月4日。

丸々2日費やしたが、一向に村の存在を意味する言葉は返ってこない。焦りと苛立ちが募る。

結局のところ、この年、私達は村を発見する事は出来なかった。

ただ、地域ぐるみで村を隠蔽しようとする動きがあるように感じられた。

 

「なんの冗談だ…。」僕はディスプレイを凝視する。【咎隠村】ではなく【科隠村】。字は違えど場所と意味は同じだろう。皆川の作り話でないことは立証されたのだ。無論、このカムイと言う管理人の作り話の可能性であることも否定できないが。

結局のところ、彼のパーティは4年に及ぶ探索の末に村の跡地を見つけ出したらしい。ただ、不可解な点をいくつか残してこの探索は終わっていた。

 

 

2003年5月5日。

私達4人は戸隠山、山中にとうとう【科隠村】を発見する事が出来た。村と言うよりは集落と呼んだほうが正しいと思われる。そして、それはかなり異様な風景であった。

 

一面を薄紅色が多い尽くしている写真。

 

登山道から離れ、道無き道を行くこと3時間、突然視界が開ける。そこには視界一面を覆い尽くす桜が咲き乱れていて禍々しく、私達を迎え入れ。

どれほどの桜がそこに在ったのか皆目検討もつかないが、並みの数ではなかった。数百本は在るだろう桜が家々を取り囲むように植えられていた。

家々、と言っても既に原型を留めているものは無く、家々が建っていたであろうその場所には基礎と呼べるか疑わしいが、一段高く土を盛り上げてあった。

私達の見つけた土地には合計11戸の基礎の後が残っていた。

 

-村の配置図が図解してある。それは手書きで、1戸を取り囲むように10戸の家が配置され、それぞれ家の周りに桜の木を植えてある事を示していた。

それに加えて写真が4枚、基礎の跡と、桜、それぞれ2点。カムイが村に侵入した経路と、【櫻ノ杜】と書かれた鳥居マーク。

【櫻ノ杜】の写真は『撮れなかった』と書かれている。これらの写真と言葉が何を意味しているのか、僕にはわからなかった。

 

長い年月で風雨や土砂崩れ、その他要因に加え、桜の根に基礎が侵食され、かつてそこに村が在ったと言う痕跡は消えかかっている。

伝承に在る、【櫻ノ杜】への階段は見つけれたものの、管理されなくなってから、幾度となく土砂崩れがあったのだろう。階段は途中で途切れ倒木と生い茂る草で【櫻ノ杜】に辿り着く道を見つける事は出来なかった。

山腹から村を見下ろした時、あたかもそこに『桜の絨毯』が敷き詰められているかの錯覚を覚えた。

 

そして、そこから先の記憶はまるでテレビの電源を落とした時のようにプツッと消えている。

 

私は【科隠村】から遥かに離れた、とある山中で山菜狩りに来ていた老夫婦に発見さた。

 

発見された時は意識を失う前の服装で、身に付けていたカメラとリュックサックが無くなっていた。財布や身分証明、2人に隠して持ってきたヴォイスレコーダーは手元に残った。

 

意識を失ってからの時間経過は3日。3日間の記憶がまるで無い。友人2人の消息はその日を境にわからなくなってしまった。警察に捜索願を出してはあるが、果たして警察は2人を見つけ出すことができるのだろうか?

 

「…。つーか、こんなの嘘だろ」僕は冷静に過去の記事を扱ったサイトを覗く。何処にも類似した事件や話は引っかからなかった。

まぁ、取り敢えずは桜の華も見たい事だし、皆川の誘いに乗ってみてもいいだろう。山ならしょっちゅう行っているし、廃村で村の跡形もなくなっているのであれば危険性も少ないだろう。

 

面白そうなので高塚に皆川からきたメールを転送する。丁度いい暇潰しにでもなるだろう。

 

最後に、ヴォイスレコーダーには『さくら…り……。もののふ…り……。わざ…い』と残されていた。誰の声か判別できないくらい声は遠かった。そして、私の倒れるどさっという鈍い音。

 

3流ホラー映画並みの展開に気分が悪くなってきたので、僕は取り敢えずシャワーを浴びるため部屋を出た。まさか、つけっ放しのPCの所為で本格的に皆川の計画に巻き込まれる羽目になろうとはこの時、思いもよらなかった。

 

 

 

 

皆川 裕篇

 

俺の大嫌いなくそ寒い冬が過ぎ、柔らかな日差しと胸糞悪くなる恋人達の春がやってきた。

 

巷では高校生のカップルだとかが何処から湧いて出るのか、自転車を楽しそうに二人乗りしていたりする。

-胸糞悪い。

 

訳のわからねぇ宗教の連中とかセンスのねぇ怪しいプリントTシャツを着た暑苦しい連中がこれまた何処かから湧いて出てくる。

-ざってぇ(うざってぇ)。

 

何がどうであれ、とにかく春が来てようやくオープンカーを楽しめる季節の到来と言うわけだ。

 

 

春って感じのする長閑な時間がまったりと過ぎていく。

俺はまどろみの中をうろつきながら、虚ろな意識の中で、現実に帰ろうかこのままで居ようかを悩み続けていた。

段々と部屋の気温も上がってきたので、仕方なしに目を覚ますことにする。

窓を開け、空気の入れ替えを行う。風に煽られてできるカーテンの隙間をついて漏れる日差しが気持ちの良いことこの上ない。

そんな、五月晴れの心地良い午後。

 

五月晴れといいながらも厳密に言うなれば、まだ4月30日なわけだけだが細かい事は気にしない。連休は始まっているのだ。

 

 

まぁ、ゴールデンウィークの初日からこれだけ天気が良いと何故か楽しくなってくる。今回のゴールデンウィークは、特に何をするとか決めてもいないので時間を持て余しているというのが事実。友人連中に連絡を取るでもなく、まったりと俺は垂れていたわけだ。

垂れていたのは良いのだけど、コレだけ天気がいいと外に出ないというのも折角、照っていてくれるお天道様に悪い。

その上、起きなくても良いのに、11時に起きてから延々と続けているWebサーフィンも飽き飽きしていたし、いつの間にかストックして置いたはずのタバコもWebサーフィンしているうちに尽きていた。

-手持ち無沙汰この上ない。

タバコだけを買いに外に出るのもなんだか『かったるい』ので、誰か誘ってどこか行こうかなんて事を考える。

 

2つログインしているメッセンジャーツールは、懇意の知り合いがログインしていない現実をただ、ディスプレイの上で如実に物語っていた。

皆、仕事か、はたまた遊びに出掛けているのか?

俺は、こんな天気のいい日に薄暗い部屋の中に独りで居る自分に、鬱になってきた…。インドア派を気取って過ごすにはそろそろ限界か。

 

 

取り敢えず、気分転換を。

俺は音楽再生ツールを開くと、ジャンルごとに分けられたフォルダの中からクラシックの再生フォルダを選択し再生させる。心地好いウッドベースの重低音とヴァイオリンの高音がハーモニーを奏で出す。MP3で録音した為、音質は最低なんだけど。

 

ベッドサイドに転がっているタバコの箱を拾ってゴミ箱へ。

掌に微かに振動が伝わる。箱を開けるとタバコが3本。1本取り出して銜える。遮光性のカーテンを開け放つと、蒼天が頭上に広がっていた。

窓際に座り、タバコに火を点ける。すぅっと、紫煙が立つと直ぐに風に煽られて四散した。

 

喫煙を楽しんだ後、携帯電話を充電器から引っぺがして、暇人を探すために電話帳を検索する。三枝(さえぐさ)あたりなら暇を持て余していることだろう。

 

 

【三枝 俊也】の名前を選択しコールする、4コール目で三枝が電話に出る。

 

「ん、もしもし。どした?」いつも通り、間の抜けた声が聞こえる。

「ああ、暇だから飯でもどうかと思ってね。枝さん暇だろ?」これまた、いつもの如く三枝を拉致って飯にでも出かけるつもりで居た。

「いやぁ、今、妹と長野」

「…」

「…」

三枝の発言に、お互い沈黙する。

「は?何処に居るって?」俺は思わず聞き返す。

「だから、長野」相も変わらず行動が突拍子もない。

「何してるんだ、お前」取り敢えず、暇なのかどうかの確認をしたい。なんだか負けた気分になるから。

「こっちで色々と旬なものが無いか検索中~」

-アレか、暇なのか。

「じゃあ、暇なんだな?」俺は核心を突く。

「うんにゃ、これから法事だ」どうやら爺さんだか婆さんの法事で帰省していたらしい。

「あー、まぁいいや。それじゃーまた連絡するわ」俺は電話を切る。まったく、誰か暇潰しの相手になってくれよな。

 

片手間でしていたWebサーフィンが、唐突に暇潰しのネタを引き当てた。

ネタに関して彼是と調べ、それからWebサーフィンを続けると、本当に鬱になりそうだったので、出掛ける事にする。

社用車を乗り回し、『事故って始末書』と言うのも馬鹿馬鹿しいので、自分の車と乗り換える為、借りている車庫まで車を走らせる。

 

 

車で5分、徒歩20分の距離にある車庫。

都会に住んでいる連中に比べたら俺は幸せなのかもしれない。

シャッターを開け、久し振りに自分の相棒と対峙する。漆黒の塗色を施された、軽量且つコンパクトな国産最高のFRコーナリングマシン。

Honda『S2000』-それが俺の相棒だ。

 

エンジンを始動させ、相棒の鼓動を感じる事数分、水温が温まってきたのを見計らって俺は相棒にGoサインを出すのだった。

信号待ちの間に相棒は屋根を開け、『正装』に着替える。それから、適当に相棒を駆り、オープンエアと言うものを愉しむ。

以前に乗っていたRX-7(FD3S)ではこんな気持ちの良い走りを愉しむことは出来なかった。

 

 

2000ccで250馬力もあるクルマのドライブは快適で、このままずっと走っていたいと思うところだ。ついでに、さっき掴んだネタの下拵え(したごしらえ)をしようかどうしようか悩む。

まぁ、ネタに必要なものは決まっていた。

そんなに焦って買うものでもないし、今回のネタで本当に役に立つかどうかも疑わしい。財布の中身も心許無いので少し冷静に考えてみよう。

それに走り出してしまったので、このまま目的地を定めてしまうというのもあまり面白くない。

意の赴くままに俺は相棒を駆り、ドライブをするのが好きだった。爽やか過ぎる陽光、春の穏やかな空、そして風に混ざって香る、夏の近付く匂い。クルマを走らせる事がこんなにも愉しいと知ったのはいつからだっけ。そんなことを邂逅しながら俺は山へ向かって相棒を走らせた。

 

 

冬には枯れ木だった木々が緑を纏い、生命に満ち溢れていた。そんな緑で彩られた林道を走り抜けていく、相棒はいたって快調だ。割と急勾配の道を駆け上がると、見晴らしの良い道に出る。上ってきた道の先が見えないくらいに細く、遠くに見えた。 

 

のんびりとした時間が流れていて、俺はクルマを停めて、なだらかに広がる大地を見渡した。このまま、何処か遠くに消えてしまいたいくらい自由が溢れた世界が此処にはあった。やっぱり、ネタを実行しよう、そう心に誓った。

 

しばらく長閑な空気に浸かりつつ、現世を忘れて空を見上げていた。時折、鳥たちがそれぞれの声で歌っているのが聞こえてくる他は木々のざわめき位しか聞こえない。

何もかも忘れてしまいそうなくらいの長閑さだ…おっと、何もかも忘れてしまってはいけない。 

 

そろそろクルマに戻ろう。

 

 

上ってきた道を今度は勢い良く下っていく。

コーナーに差し掛かる度、タイヤが悲鳴を上げる。限界領域を維持しながら、俺は『何処に行くか』を考えていた。取り敢えず、明日のネタを仕入れに行くつもりだが、目的地についてのガイドブックもあったほうがいいかもしれない。書店に行くか、それとも先に下拵えのモノを買いに行くか悩むところだ。

 

先ずは、本でも探してみようか。

気分がそういう気分だったので、俺は書店に向かってクルマを走らせた。山道と違い街中はクルマで溢れていて、先ほどまでスムースに運転できたのが嘘のように街中は渋滞していた。

正直、これだけノロノロと運転出来る連中の思考回路がどんな風に構成されているのか、フローチャートにして覗いて見たい気もするが出来ない相談だろうから、諦めておこう。

 

目的の書店に着き、クルマを降りる。昼間だというのに、結構な数のクルマが駐車場を埋め尽くしている。やはり。ゴールデンウィークともなると皆することが無いのだろうか。

書店に入り、明日実行する予定のネタの場所に関する本を探す。割と有名な観光地なのか、様々な書籍が並んでいた。何冊かを手に取り、流し読んだが、コレといって欲しい情報もさして無いので、買うのを止めにした。買い損ねていた漫画を数冊購入すると、書店を後にした。

 

クルマに向かって歩いていると、突然、声を掛けられて立ち止まる。見たことも無い女が俺に向かって歩いてきた。

「すいません、ちょっとアンケートを取っているんですが」新手の宗教臭い…女を頭の天辺からつま先まで見る。別段美人でもなければスタイルが良いわけでもない、何処にでも居そうな普通の女だった。

俺は嘆息しつつ、「アンケート?」と女の台詞を鸚鵡返しにした。

「はい、服に関するアンケートを取っているんですけど、少しお時間宜しいでしょうか?」服に関するアンケートって、俺、そんなファッションに拘っていないわけだけど…。

もしや、デート商法とかそーいう類なんだろうか?

まぁ、女は割と丁寧な物腰だったし、俺はそんなに急いでも無かったのでアンケートに付き合ってやる。アンケートは簡単なもので、年齢と、職業、交際相手の有無、好きな服の色、それからいつも何処で服を購入しているか、と言う5点の質問だった。

コレが美人のおねいさんだったら、このままお茶にでも誘おうかと思うところだが、目の前に居るのは『量産型のヒト』、まったく持って興味が湧かない。

俺の答えが何かの足しになるとは思えないが、こんな休日にせっせとアンケートなんてご苦労なこった。

同情しつつ、俺はネタに必要だと勝手に思っているモノを購入すべく、クルマに乗り込み、駐車場を後にした。

 

 

『備えあれば憂いなし』先人は実に良い言葉を俺達に残してくれたものだ。ネタを実行したときに憂いを帯びない為にも、俺は先人に見習い、備えを確りと整えようと思った。

と言うか、先日仕事をサボってパソコンのパーツを物色しに行った時に、心ときめいたSUPER-LEDの懐中電灯を買おうと思ったのだ。

かなりの光量をもつ、『それ』はどんなシチュエーションでも役に立つだろうと考えられた。

俺はパソコン・ヴィレッヂに向かって車を走らせる。

 

久し振りに相棒を走らせ続けているわけだが、やはり、このクルマは俺にとって最高のパートナーのようだ。

違和感無く加速するし、コーナリングでも意のままに操ることの出来るクルマ。気持ち良く、俺は河川敷の道をぶっ飛ばす。並木が矢のように後方にすっ飛んでいく、じわじわとアクセルを開け、俺と相棒は風を纏い何処か別の世界にでも行くような、そんな感覚を感じた。

 

…と、いうわけでそんなに時間も掛からずに目的の店に着いてしまう。古びたモルタル製の階段を駆け上がり、2階の電子部品売り場に行く。

そして、レジ・カウンター前にある、SUPER-LEDの懐中電灯を手にする。価格は3780円、高くも無く、安くも無い。

買いに来た筈なのだが、何故か躊躇してしまう俺って貧乏性なんだろうか。

 

意を決して俺はソレをもってレジに進む。

お財布の中から新渡戸先生が微笑みを携えて、旅に出て行った。 

 

さようなら、また会う日まで。

 

俺はいつも朗らかに微笑む新渡戸先生に別れを惜しみつつ、店の外に出た。

クルマに乗り込み、早速、買ってきたものをセットアップする。昔から、こういった小型で強力なライトが欲しかったのだが、買う機会を逃して、現在に至っていたのだ。何故かこう、心躍ってしまう。

 

目的は達成できたので、移動しよう。キィを回し、エンジンのスタートスイッチを押す。獰猛な咆哮を上げ、相棒は眠りから覚める。複合されたメーターの中に仕込まれているデジタルの時計が16時12分を示していた。

コレから、何処か行く当ても無いので当ても無くドライブを愉しもう。夕闇に染まる街を漆黒のオープンで走り抜ける、段々と風が冷たくなっていく。それでも俺はオープンのまま。

 

-連休中は晴れが続いてくれるといいな。

ふと、そう思った。俺の黄金週間初日はこうして終わっていくのだった。

 

 

目覚めは心地好く、昨日と同じように穏やかな空が広がっていた。午前の時はまどろみに流されていて、時計は12時22分を示していた。

ベッドからもそもそと起き出して、PCを立ち上げる。ファンが起こす騒音とともにPCはLEDを明滅させ、目覚める。

それから昨日仕入れたネタをメールにまとめる事30分程度。三枝にメールを送ってから俺は出かける準備をし始める。

 

少し大きめのリュックサックに着替えとその他諸々のツールを押し込む。最近仕入れたばかりの電動モデルガンも何か必要になるかも、と言うことで放り込んだ。何かの役に立つかもしれないし。役に立たないかもしれない。

 

いつもの事ながら俺達のする事は突拍子も無いし、何の関連性も無い。

ただ、『面白そうだから』と言うのが行動理念だ。今回も枝さんは乗ってくる(無理矢理参加させる)ことだろう。まぁ、どんなに嫌がっても巻き込むのは確実なわけなんだけど。 

 

ボリュームを絞ってからオーディオの電源を落とし、騒音を立て続けるPCの電源を落とし、部屋の電気を消す。

久方振りに暗闇となった自室を少しばかり見渡してから、リュックサックを担ぎ、部屋を後にした。

階下にあるガレージのシャッターを開けると清々しく空は晴れ渡り、穏やかな春の陽気を街に注いでいた。

 

県を跨いでのネタなので実際どうなるかなんて想像もつかなかないし。まぁ、それでも、いつも通りなんとかなるさ、なんて思っていた。実際、この間出かけていった【咎狩山】では何も起こらなかったのだから。

S2000で事故ったら洒落にならないので、爺さんに預けてあるクルマを受け取りに爺さんの家に行く。

 

15年前にこの世に生まれたもう一人の相棒、だいぶ草臥れて(くたびれて)来たが整備はきちんとしてある。

少し、無茶をするかもしれないけど頑張ってくれよ。

 

相棒のフルバケットのシートに潜るように座ると、キィを回し相棒を目覚めさせた。一丁前に電動式のドアウインドウを開け放つ。それから、背後にあるリアスクリーンのジッパを下ろすと、頭上にあるロックを外し、幌を畳む。風は温かく、オープンにして走ってもまったく問題ないだろう。

計器類を確認する…。異常は無いが、燃料計がEを指し、相棒は腹ペコである事を俺に告げていた。近くのガソリンスタンドでハイオク満タンにしてやる。ついでに缶コーヒーを買って、旅の準備は整った。

 

寂れた街並みを通り抜け、国道8号線に出る。しばらく退屈な直線を前走車にしたがってのろのろと走る。滑川を通り東へ進路を取る。蜃気楼で有名な魚津市を通り抜け一路、上越へ。

 

途中、高塚から電話があり、高塚も今回の村探しに参加する旨を聞いた。街並みが段々と寂しくなっていく。

朝日町を越えて親不知を抜ける。単調な風景と潮騒、陰鬱な風景、それが俺の捉えたイメージだった。

海沿いの道を延々と進む。海水に浸食された独特のコーナーが続く。峠にも似ているかもしれない。自然の織り成す、ヒトを阻むようなコーナーだ。

今回は上越から妙高に向かい、そこから戸隠に向かう段取りでいた。これだけ晴れていれば長い旅路も気持ちよく旅する事が出来るだろう。 

 

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ 出やる

夜明けの晩に

つるつるつくぼうた

 

 

口ずさんでみる。Webサーフィンで見つけたネタ。

そして、さっき枝さんに送ったメールの通りの意味で解釈すれば単なる童歌に過ぎない。でも、俺はこの歌に何らかの言霊が秘められているような気がしてならなかった。

知識をお浚いしてみる。基本的にはこの一番短い唄が原点とされているのは周知の通りだ。しかし、後から【意図的に】、『つるるるつっぱいだ なべのなべのそこぬけ』や俺達がよく知っている『つるとかめがすべった うしろのしょうめんだあれ』が追加されたのだとしたら…。

 

 

【意図的に】?

 

 

どういうことだ?

俺は自分の思考に困惑した。【かごめかごめ】は近代日本になってから有名になったわけだ。有名と言うと語弊があるかもしれないが、何らかの意味合いがあると捉えられるようになったと言えばいいのだろうか。荒俣宏の小説にも呪術的要素として取り上げられ現代にも甦った童歌なわけだけど、この歌本来の意味合いはもっと別の場所にあったのか…?

思考が問題を提起する。

 

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ 出やる

夜明けの晩に

つるつるつくぼうた 

 

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるつるつっぱいだ

なべのなべのそこぬけ

 

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだあれ

 

 

3つの詩を頭の中で並べてみる。最後の2行が変化している。寧ろ最終行は追加と言う形をとられている。

やはり、意図的にこの行は追加されたと考えてもいいだろう。2つ目の歌までは『つるつるつくぼうた』『つるつるつっぱいだ』で意味は同じだろう。

では3つ目の『つるとかめがすべった』とはどういう意味か?

諸説入り乱れるわけだが、やはり四神の朱雀と玄武の意味と取ったほうがいいのだろうか?

南の朱雀と北の玄武が滑る…入れ替わる? 

どういう意味だろう?

意図がありこの詩を追加したのであれば、途中追記された詩に呪術的要素を含む歌なだけになにやら名状し難い恐怖が隠されている気がする。 

 

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ 出やる

夜明けの晩に

つるつるつくぼうた

 

 

屈(かが)みなさい、屈みなさい (囲みなさい、囲みなさい)

輪の中にいる子は

いつになったら、(外に)出られるのだろう

いつかは判らないけれど

(輪を作る者は)、さっとしゃがんだよ

 

 

 そもそも、【かごめかごめ】ってどういう遊びだったっけ?

 

俺は幼少の頃の記憶を思い出してみる。

 

…誰かを一人中心に置いて囲んで回る遊び?

だとすれば、オリジナルの【かごめかごめ】はどういう遊びだ?

うしろのしょうめんを当てるのは近代版の歌詞が追加されてからだろ?

 

しかし、文献にあった口寄せの儀式とすると、なべのなべのそこぬけってどういう意味だ?

底抜けなべ?

なべを籠に見立てると底抜けなべを被せてるって事なのだろうか?

 

別の訳を思い出してみよう。

 

 

囲め囲め、

籠の中の鳥は

いつになったら出られるのだろう?

いつになるかわからないけど

輪を(籠を)作るものはさっとしゃがんだよ。

なべのなべの底抜け。

 

 

ん?

なべの底が抜けた?

なべを籠と見立てれば、鳥の頭上は空なわけだ。と言う事は、飛び越える遊びなのか?

呪術から遊びに転化されたときに後ろの正面に変わったのか?

頭の中で可能性を考える。ってか、答えは無いのかもしれない。

 

 

【地蔵憑き】の考察を思い出してみよう。トランス状態に陥り、地蔵が乗り移った子どもに対し、周りの大人たちは「先日**を無くしたのだが、どこにあるのでしょうか?」「先日より体調が悪いのだが、原因と治し方を教えてください」などと質問をすると、地蔵が乗り移った子どもは的確な答えを返してくれる…これが口寄せであり、【地蔵憑け】【地蔵遊び】である。

宗教的儀式(【地蔵憑け】【地蔵遊び】に始まる口寄せ行為)であったものが次第に宗教的儀式色を薄め、結果としてそれが子どもの遊び歌となったと考えるのが極めて自然だろうな。

 

ここで思考を一度文献に戻す。【地蔵遊び】における【アソビ】という語が、こんにち一般に観念させるがごとき遊戯ではなく、神事を【カミアソビ】といい、巫女の巫儀演出を【オシラアソバセ】や【オシンメアソビ】などと称する例からみて、敬虔な神事儀礼の執行を意味する【アソビ】の古語と脈絡を持つのではないかということが推察できる。 

 

つまり【地蔵遊び(地蔵憑け、地蔵憑き)】は、後世に至るほど本来の意味を失い、やがて児戯に類する様式に変質したけれど、元来は、神遊びに比定しうるほどの厳粛な宗教的儀式であったということが考察される。

 

 

まてよ。【地蔵憑き】だが、初期段階の【かごめかごめ】では憑かせっぱなしじゃないか?

と、言うことはなべの底を抜くってことは憑いたものを祓う、と言う事か?

で、あればワンフレーズが追加されたことも納得がいく。納得はいくが、少し恐ろしいかも知れんな。一行追加以前はどうしていたのかという疑問が残る。

 

ただ、【咎隠村】の伝承には別の歌詞が存在するはずだ。そして、それを解き明かせば一つの説を立証出来るはずだ。しかし、【咎隠村】の伝承に在る【かごめかごめ】はどんな詩だったか?

それを調べる術はもう無いのかもしれない。周りの村や集落に移り住んだ人達がそう言ったことを記憶しているかもしれない。運がよければ記述や寺社などに伝えられている可能性も在るだろう。

そう言えば、そういった事を確認したつもりで、すっかりと記憶の根底からすっかりと忘れていた事に気付く。行き当たりばったりはいつもの事だし、実際、ネット上で公開されていることなんて事実である確証なんて何処にも無いわけで…。まぁ、現地に行ってからインターネットカフェで検索しても問題ないだろう。それに、今回は確りと歩き回る時間も在るわけだし、現地に行ってから調べたほうが無駄な詮索をしなくても済むという事だ。

 

さて、旅行本なんて当てにならないものを買う金の余裕もなかったので、戸隠の地と【かごめかごめ】に関して三枝にメールを送るために作成した資料(Webページをプリントアウトし、綴った戸隠近辺についての)ファイルを取り出し、信号待ちの間に情報を漁った。

 

 

【咎隠村】が存在すると言われている【戸隠山】。

戸隠山…正確には戸隠連峰で三つのブロックに分けられている。

一つは高妻山、乙妻山、五地蔵山など一不動から北を裏山。

二つ目は一不動から南の九頭竜山、戸隠山、八方睨などを含む山塊を表山。

あとはその南の西岳である。

 

戸隠山、つまり表山の最高峰なのだが、遠くから眺めると小さな鋸歯のようなピークが連なって判然としない。

むしろ南端の八方睨のピークが三角に尖って目立つ。実際に表山を山麓山から見ると南北一列に連なっているようだが、大雑把に言えば一不動から九頭竜山までが南北、九頭竜山から八方睨までが東西の山並みである。

最大の特徴は尾根直下の東ないし南側、八方睨から戸隠山を経て北へ縦走すれば右側はすべて断崖絶壁で、もしミスをすれば他の北アルプスを含む山のように転落とか滑落ではなく『墜落』である。無論、八方睨へ登るコースでもその危険があり毎年痛ましい遭難が発生している。

 

「おいおい、こええな」写真入りの資料があるので見てみる。…ああ、なるほど。これは落ちたら死ぬね、普通に。田んぼの畦道を思い浮かべて貰いたい。そういうところを歩いて行かなければいけないらしい、登山する際は。俺の目的地はこういった場所を踏破した先に存在している…。『どうか、無事に辿り着けますように』そう願った。

 

俺は資料の続きを読む。

 

断崖絶壁をなす岩質は安山岩質凝灰角礫岩で小さな割れ目のリスがなく、他山岳の岩場のようにハーケンが打ちこめない。樹木も岩盤の上を根が這うだけで地(岩)中へ入っていけない。したがって台風などによる風倒木はけっこうある。岩も樹木も極めて危険性の高い山であり、標高から考えて甘くみてはならない。

 

「なんだよ、そう易々といかないわけか」タバコを銜えてざっと目を通したファイルを睨む。思っていた程、甘く無さそうだ。それに俺にはちゃんとした山の登山経験が無い。皆無に等しい。それに目的地としている【咎隠村】付近は整備されていないことが既にわかりきっている。何が起こるかわからないってことだな。

 

信号が青に変わる。こういう時のマニュアルシフトの車はかったるいな。 オートマティックであれば片手で資料を拝みながらの運転だって出来るのだが、マニュアルでは無理だ。仕方無しに、ファイルを他の手荷物で埋まった助手席に放り投げるとシフトノブを握る。アクセルを踏み付け、タコメーターをレッドゾーンギリギリまで放り込む。心地良いGが俺の全身を包み、相棒は咆哮を上げる。2速、3速へとシフトアップしていく。

 

しかしながら…ほんと、かったるい。

ファイルを読む限り、想像していたより【咎隠村】に行くまでに労力を使いそうだ。そもそも、さっき言った通り、俺は登山などしたことがない。

遠い(忌々しい)記憶を遡れば小学生の時に宿泊学習の際、富山県にある【金剛堂山】とやらを嫌々歩いたくらいだ。登山についての知識も経験もないに等しい。前回【尖山】に登ったが、たいした装備も要らなかった。と言うか、完全に舐めて掛かっていた為、装備を用意しなかったというのが本音だ。

今回持ってきた装備は前回の【尖山】と同じ装備。それどころか【尖山】の登山以来この装備に触れていない。新たに用意したリュックサックには微妙なツールが付加されてはいるのだが、果たしてこの装備で戸隠に臨めるのか、限りなく疑わしいわけなのだが…。

まぁ、行くと決めた以上は行くしかあるまい。出来るだけ、死亡フラグが立たないように祈ろう。

 

三国が今回のネタに絡んでくれれば心強いのだが、電話してみたところ、三国は中国に出張しているらしい。

国際電話というものを26年間生きて来てはじめて使用した、あんまり感慨深いものでもなかったが。取り敢えず土産を頼むと電話を切った。

もう一人、当てにしていた菅沼も今日明日はバイトに出るらしく、アウトドアメンバー全滅で挑むアウトドアとなりそうだ。

「まぁ。何とかなるでしょ」自分自身を鼓舞するように呟く。

 

 

口では『かったるい』と言いつつも、実際マニュアルシフトのクルマは楽しかったりする。自分の意のままにクルマを操れる幸せを感じることが出来るからだ。機械に使われたいのか、機械を使いたいのか、さっぱり分からない世の中になってしまっていて。やっぱり俺は機械を使う側で在りたいと望むから、マニュアルシフトはどんなに不便でもなくてはならない存在だ。

実際、オートマティックの馬なんてこの世に存在しないわけだしね、手綱は自分で取るべきでしょ。俺はくだらないことを鼻歌交じりで考えながら上越に進路を取る。 

春麗らかな空の下、相棒はソプラノを奏でながら俺を彼の地に導くのだった。

 

 

 

 

高塚 浩志篇

 

『黄金週間』とか言う、俺にとってはどうでも良い連休が始まった。

世間は学生どもと会社が休みになってする事の無い連中で溢れ返っている。 

じゃあ、俺はどうかと言うと、一通のくそ忌々しいメールから俺は連休を返上して登山だの、廃村探しだの、長距離ドライブだのと3年分くらいの遊びを凝縮して敢行する羽目になるのだ。

 

枝さんから変なメールが送られてくるのは日常茶飯事だったし、今回のメールに関しても皆川が発端だと明記されていた以上、ろくな事が起きないって事はもう、日の目を見るより明らかな事実だったわけだ。『触らぬ神に祟り無し』って言うのは百も承知だったのだが、俺は奴らに関わってしまった。

 

折角、久し振りに彼女とマッタリするはずだったのに…。後悔の念で幾ら行を埋めたところで過ぎ去ってしまった現実を取り戻す事も出来なければ、あいつ等の暴走を止めることも出来ない。書けば書くだけ愚痴で埋まるだけだ。

 

今回の事の発端は、枝さんから皆川発のメールが届いている事に起因する。

いつもなら何かやらかす場合は電話がかかってくるのに、今回はメールでネタに誘われた。

メールが届いているのに気付いたのは、オンラインゲームの狩りが一段落つき、メッセンジャーでチャットをしている時だった。

 

『新規メールが一通届いています』と、ウィンドウがしたから競り上がって表示され、俺にメールを開けるようにと、促していた。

 

何の気なしにそのメールを開封すると、昔なつかしの【かごめかごめ】の歌詞が俺の知らないものも含めて3つ羅列されていた。

それに付け加えてMidiファイルまで添付してある徹底振り。

 

 

-何の嫌がらせか、と一通り目を通す。

 

【かごめかごめ】に関する研究、と言って良いのか、現代に至るまでの仮説と考察が書かれていた。 

最後に、このメールは皆川から枝さんに送られたものって事が書かれていて、「なるほど」と納得せざるを得なかった。 

皆川ならこういうわけのわからない事を真剣に考えそうだし、胡散臭い情報網をもって調べ尽くしそうだ。

 

ネットの海をを漁ったのだろう、多岐に渡る考察と歴史が書かれていた。

いつもの事ながら漁ったであろう文章に皆川の手が加えられており、皆川独自の解釈も記述されていた。

 

まぁ、あいつならばこういう研究をしたら突拍子も無く現地に行くなんて事を思い付きそうだ。

 

それにしても、この枝さんからのメールが意図する所は俺にも『参加しろ』と言うことなのだろうか?

皆川から直接電話呼び出しがこないところを見ると、このネタはまだ決定事項ではないのかもしれない。

無視するべきなのか、何かリアクションを起こすべきなのか非常に悩むところではある。

 

もし、参加するにしても、戸隠までどうやって行ったものか?高速で行くにしろ、下道で行くにしろ一泊は免れまい。取り敢えず一人で行くというのも詰まらないので、彼女にメールを打ってみる。

 

『【咎隠村】と言う廃村が在るらしいんだけど、一緒に行ってみない?一応、俺の友人達も行くみたいなので、それに混ざるカタチになると思うんだけど、どうかな?』

 

オンラインゲームの知り合いには経緯を話して、ゲームを中断した。

 

枝さんからのメール内容を一回、検証しようかと思ったが、気力が持ちそうに無いので、枝さんにメールを送る。

 

『多分、行くと思う』

 

メールを打った後で皆川に電話をかけてみる。6コール目で皆川が電話に出た。

 

「よぉ。こーちゃん」相変わらずの能天気な皆川の声と風切音が聞こえる。

「よぉ、皆川ぁ~。俺も行くから」簡潔に要件を伝える。

「ん?何処に?」皆川は不思議そうに尋ねる。 

「いやぁ、枝さんからメールが着てさ。俺も【咎隠村】探しに行くわ」

 

ゴォォォォォォォォっと風切音。

 

「暇だなぁ、お前も」皆川はカラカラと電話の向こうで笑った。

「そう言えばこの間の【咎狩山】の写真見たぞ」話題を切り替える。

「ああ、どうよ?」さっと、皆川のサイトを検索し、写真の項目を開く。

「俺も誘えよな」残念そうに俺は言う。と、言うのも【咎狩山】は一度登って見たい山の一つだったからな。

「悪い悪い、あの企画も急に決まったものでな。【菅沼 継寛】(すがぬま つぐひろ)って知ってるだろ、あいつと一緒に行ったわけさ…」皆川が小声で「警察」と言うと電話が切れた。

 

ああ、あの莫迦ハンズフリー使ってないのか。心の中で皆川に手を合わせる、…南無。まぁ、人の事は言えないが、運転中の携帯電話で一度俺も警察のご厄介になった事がある。

 

皆川がこの間行った【咎狩山】。

富山県の南部に位置する中新川郡立山町にその山は存在する。称名滝に行く途中の道…立山に登山する時に通過する道沿いにその山は在るので、簡単に【咎狩山】を見つける事が出来るだろう。かなり異様な容貌の山で、名前の読み通り尖っている。曰くの在る山で、古代遺跡って言うのが一番有名かもしれない。実は山ではなく人工物-ピラミッドで、それに砂や塵が積もって自然に帰ったらしいと言われている。この山は、毒蛇-マムシが多いとも聞いている。

だから春先に行ったのか、皆川は…。ああ、納得した。あいつ、蛇、苦手だからなぁ…。

 

…ヴーン、ヴーン。

 

携帯が振動する。 

「あ、もしもし?」電話に出る。

「あははは、悪い悪い。あぶねーところだった」皆川が笑いながらさっきの続きを話す。

「んで、来るんだろ?【咎隠村】。」皆川の質問に二つ返事で答えると、「今、何処だよ?」と尋ねる。

「今、朝日町の境を抜けたところだ。ここからしばらく海沿いの道が続くんだよ。マジかったりぃわ」皆川は本当にだるそうに話す。

「まて、お前…」まさかと思うが、こいつ高速道路使ってないのか?

「なんだよ、どうかしたか?」皆川は不思議そうに俺の言葉を待っている。

「まさかと思うが、お前…下道で長野に向かってるのか?」恐る恐る、皆川と言う莫迦に常識で在り得そうも無い質問を投げ掛ける。

「当たり前じゃん。俺、金無いもん」やっぱり、こいつは規格外だ…。

「ま、まぁ…頑張れ」呆れて物も言えん。

 

皆川との電話を終えると、俺も旅の準備を始めた。しばらくして彼女-千秋からメールがきた。

 

『面白そうだから行ってみる。おやつは幾らまで?バナナはおやつに含まれますか?』

 

自分の彼女ながら何て言うかネタを追うなぁ…。

 

『おやつは500円まで、バナナはおやつに含まれません。さて、どうやって行こうか?現地集合にするか?』

 

荷物を一通りまとめながらメールを打つ。別に村に行かなかったとしても温泉くらいはあるだろうし、観光も少しは出来るだろう。千秋の機嫌を損ねる事は無いはずだ。

 

『えー、1000円までにして下さい。バナナ持ってきます。んと、現地集合でいいよ。電車で行くね。長野駅まで迎えに来てね』

 

短く簡潔にメールが届く。長野駅が何処にあるか知らなかったが、まぁ何とかなるだろう。

 

『うぃ、俺はクルマで行く』

 

こちらも簡潔にメールを送る。

 

しばらく、どうやって長野まで行こうか、沈思黙考する。体力的に考えて、下道で行くには俺の身体は疲労していた。

俺は無理せず高速道路を使おう皆川みたいに俺は元気じゃない…。やはり、ETCを付けて置いて正解だったな。

 

4月30日15時20分

 

皆川に遅れる事2時間余、俺は自宅を出た。長野県に対する予備知識等、まったくなかったが通り道で観光案内の本でも購入して行こう。

 

-この連休、世間は浮かれていたが、俺にとっては何処に行くにしても人が多く、悪夢の一週間だ。

まぁ、しかし今回は運良くゴールデンウィークの始まりが早い所為か道は込んでいない。これなら下道で向かっても良いのかもしれない、なんて世迷い事を考えてみるがやっぱり皆川のように下道を延々と行く体力も気力も持ち合わせていない。

 

これくらいの連休が無ければ、皆川の話に乗ってやろうなんて思わなかっただろう。

 

取り敢えずは一番自宅から近い立山ICから高速に乗り、東を目指す。皆川につけられた2時間の差なんて簡単に埋まる勢いでクルマを走らせる。どのくらいの勢いかと言うと、時速は140km/h前後。

これだけスピードを出しても俺のクルマは変な振動を起こさない。空力を考えたボディ、と言われるだけあって俺のFitは快適に高速道路を高速巡航する。

やっぱり、5MTにしておいて本当に良かったと思う。これがATのクルマだったら高速を走って1時間もすれば眠たくなって、高速道路の壁とオトモダチになっているだろう。

ちなみにFitを買う前まで親のAT仕様カローラを使用していたのだが、クルマ自身が古く、挙動が安定しないのであまり眠くはならなかった。寧ろ、寝かせてくれないクルマだったとも言う。

 

しかし、最近のクルマはどうしても静粛性が増している分、心地良い振動で非常に眠くなるのである。

高速に乗り40分ほどで朝日ICを過ぎる。

これなら皆川を追い越せるんじゃないか?何て思いながら上越まで単調な高速道路を突き進むのだった。

 

上越ICで、高速道路を降りる。此処からは下道で長野入りしたほうが効率が良さそうだ。ぶっちゃけた話、高速道路の延々と真っ直ぐが続く道に飽きたというのが本音だ。肩掛けのカバンの中からツーリング用の地図を取り出して、位置関係を把握する。

 

上越からなら妙高を抜けて、長野に行くルートで良いだろう。大体の計画は練れたので、少し落ち着いて休憩しよう。

最寄のコンビニに立ち寄ることにした。昼間から間食もせず車に乗りっぱなしだったので空腹値が限界に達していた。俺は適当なコンビニを発見するとクルマを停め、店舗に駆け込んだ。

適当に食料とペットボトルを買うと1000円が軽くなくなってしまう。コンビニの商品価格設定の高さに驚愕を覚えた。

コンビニから出て皆川に電話を掛ける、携帯の時計は17時3分を指していた。適度に薄暗くなりつつも、まだまだ夕焼けを拝むことが出来る。

 

「もしもし?」皆川の声が異様に近くから聞こえる。

「今、お前何処よ?」俺はクルマのキィをポケットから弄りながら尋ねる。

「ん~、【かごめかごめ】で理解しれ」短く言うと皆川は電話を切る。

意味のわからん事を言うなと。…それにしても、どういうことだろう?

【かごめかごめ】?

 

 

かごめかごめ

かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだあれ

 

 

「あ」サっと俺は振り返る。

 

 携帯電話を片手に黒いジャケットを羽織り、同じく黒いジーパンでキメた皆川が笑っていた。黒尽くめの怪しい男と言う表現も出来るな。

「よう、こーじ」タバコを銜えた皆川が俺に歩み寄ってくる。

「よう。皆川、ってか偶然だな。こんなところで出くわすなんて」取り敢えず社交辞令を交わすと、俺は今買ってきたばかりの食糧―ベーコンレタスサンドを頬張った。

「偶然な訳無いだろ、お前のFitが見えたからコンビニに立ち寄っただけだ」皆川は俺のFitを指差して、何言ってんだ、お前?と言う表情で俺を見る。非常にむかつくわけだが。

 

何気に皆川が歩いてきた方向を見る。シルバーの超小型のオープンカーがそこには停まっていた。

「なんだ、お前…エスじゃなくてビートで来たのかよ?」この瞬間だけは本気で呆れた。多分、相当の呆れ顔をしていたに違いない。まさか、富山から長野まで下道を軽四で行こうとする莫迦はそうそう居まい?

まぁ、そんな莫迦が目の前に普通に居たりするから世の中、困ったものだ。

 

いつからこいつはこんなにも規格から外れていたんだっけなぁ?

 

ええと…そうだ、皆川の過去に纏わる話を思い出してみよう。どれだけ皆川が常識を外れた存在であるか再認識して、俺がこいつに関わる事がどれだけ変なことに巻き込まれるかと言う事実をキチンと記憶…いや、魂に刻んで置く事にしよう。そうでもしないときっと巻き込まれる…。

 

ああ、そうさ、もう巻き込まれるのはゴメンだからな。

 

 

-邂逅。

 

皆川という男との付き合いは、奴が大学時代から現在に至っているが、奴は色々と胡散臭い伝説を残してくれている。

 

 

例えば、こうだ。

 

皆川が免許を取って間もない頃の出来事。

ある晴れた日、免許を取って2ヶ月の皆川が中古で格安購入した型落ちワンダーシビックで某国道を140kmで巡航していた。信号の無い交差点で一時停止を無視して飛び出してきた車を避けて事故った時の話。

 

この話を聞いた時、ああ、こいつは何処かフィクションの世界から抜け出してきたんだなって、そう思った。

 

「乗っていたのは30位のババアだ。俺のクルマが来ているのにも関わらず、交差点に進入してきてさぁ」皆川は不機嫌そうにベッドの上で胡座を組んでいた。

「俺は、それを避けたわけさ。こう、ステアリングをきってナ」ハンドルをきる動作をする皆川。

「そしたら、リアの接地感がなくなってな。多分、浮いたんだろ。そこから、ほぼ操作不能」ああ、想像つくよ。FFのクルマで急ハンドルをきったら前方向に抵抗が生まれて、加重が前輪に行くもんな。特に重量バランスの古いシビックだったらそりゃぁ、リアも浮くさ。

「リアに接地感が戻った時には縁戚が迫っててさ。何回か切り返しをして逃げようと思ったんだけど、リアが接地しない。結局、俺自身が助かるようにするしか方法は無かったね」一旦、区切ってから。

「それから、縁石を乗り上げて、並木を3本薙ぎ倒してクルマは停止したって訳さ」深い溜め息とともに、怖い事をさらっと言う。

結論から言うと皆川は無傷、クルマはくの字に折れ曲がり大破。飛び出してきた30くらいのおばさんは逃げ出し、皆川は単なる自損事故になった。

皆川曰く、「前日、GT2(と言うレースゲーム)をしていたお陰で緊急時のクルマの挙動が手に取るようにわかった。死なずに済んだのはやはりGT2のお陰だ」との事らしい。そして「あの腐ったクルマに当たっておけば良かったなぁ」と妙に怖い目付きで言っていたのが忘れられない。

 

皆川のやっている事は普通は在りえない。そもそも真昼間から140kmで公道、しかも下道を暴走する莫迦が皆川意外に居るのかどうか非常に疑わしい限りなのだが。もし居たら、そいつも莫迦の仲間だ。

ってか、挙動がわかったのならば事故るなと。

 

まぁ、皆川のやる事成す事に何度か巻き込まれたりもしたが、今となっては良い思い出だ。

 

皆川のすることなすこと、とにかくする事が突然で、滅茶苦茶。

でも最後は綺麗に纏まっている。それが皆川マジックであり、『胡散臭い』と言う所以だ。

 

取り敢えず言える事は、皆川だけは敵に回してはいけないって事かな。

何度か皆川を敵に回した連中を見てきたが、可哀想な末路を辿っていた。

 

南無-合掌。

 

 

さて、皆川は真性の莫迦と言えるだろう。

と言うか、本当に『胡散臭い』と言う表現が似合っている。

正直、こいつの存在は『胡散臭い』。現実でそうそう起こらないことを起こし。ピンチになっても最後は逆転サヨナラ満塁ホームランを4回くらい繰り返す勢いで自分のピンチを乗り越える。

コレを胡散臭いと言わずになんと言うのだ。奇跡とでも言うか?

友人連中の間でも、皆川の存在自体が胡散臭い、と言うのは通説だ。歩く特異点だとか、生きているカートゥーンだとか、人間台風だとか色々言われている。

 

皆川本人は否定しているが、俺は認めない。

認めてやらない。

 

皆川はそういう男だ。

 

 

「ビートはいいぞ~」皆川はケラケラ笑う。

「軽四で長野まで行こうとする気が知れん。アホか」俺はサンドウィッチの片割れを頬張った。

「まぁまぁ、良いじゃん。エスは今回お休みだ。ってか、こうやって会うのは久し振りだな。仕事は順調か?」

「そこそこだ」

「ふぅん」皆川が俺のFitを覗き込む。

油断も隙も無い、ささっと乗り込みやがった。

「結構走ったな~?」オドメーターを皆川が見ている。なんだか悔しいので俺は皆川のビートを覗き込む。

「これ、寒くないか?」オープン状態のビート妙に寒々しく見えるのは俺だけなんだろうか?

冷静に皆川に突っ込む。

「今日は暖かいぞ」冷静に返される。

「ふむ。じゃぁ、乗らせれ」

「ヤダ」…即答かよ、この野郎。

ジト目で皆川を見る。

「あー、まぁ乗せてやっても良いか」この時、気付くべきだった。

皆川が何を意図していたかを。

 

 

小春日和のオープンカーというものは頗る気持ちが良い。バイクに乗るのとは又違う楽しみ方だ。

コーナリングも難なくクリアできるこのマシン、皆川の秘蔵っ子の一台だがいつ乗っても楽しい。

シート、ステアリング、シフトノブ、マフラー、エキゾーストマニホールド、サスペンションがそれぞれ適切なものに交換され、ストラットタワーバーとロールバーが追加されている。

このクルマは愛されているんだなぁと感じるキチンと吹け上がるエンジンのエキゾーストノイズ。

MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)のクルマなので直ぐ後ろからエンジンのメカニカルノイズが聞こえてくる。本当に気持ちが良い。

 

ルームミラーで皆川の様子を窺う。

黄色に塗色された俺のFitがかなりの勢いでコーナーに突入するのが見えた。ロールが激しいなー。足回りを弄れば、俺のクルマも良い動きをするかもしれないな。ふと、そう思った。

 

しばらく走っているとエンジンノイズにも飽きてきて、何か音楽でも聴きたくなる。ラジオでもつけるか…そこで、俺は気付く。

「うわ、このクルマ…オーディオ無いのかよ」オーディオの在るべき場所にオーディオが無い。在るのはぽっかりと開いた視覚の穴だ。

してやられたな…iPodを持ってこればよかった。Fitの中に置いてあるiPodの事を思い出す。

どこかで止まってオーディオを調達しよう。そうでもしないと気が狂いそうだ。皆川に電話をかける。

「よぉ、ちっと休まね?」

「ああ、いいぞ~。何処で休むさ?」彼是と休む場所を決めようと話しているとコンビニが在ったので、そこで休憩&iPod入手。

 

「つーか、まだ乗る気か…」皆川が呆れた顔付きで俺を見る。

「悪いかよ…」俺はイヤフォンを耳に押し込みながら皆川に言った。

「悪くは無いけど、お前のクルマ禁煙だろ…こう禁断症状が…」そう言うと休憩してから4本目のタバコに火を点けるのだった。

「まぁ、我慢しれ」冷たく言い放つと、俺はビートのバケットシートに潜り込んだ。

「取り敢えず、長野入りするまで借りるぞ」

「へいへい、調子に乗って事故るなよ」皆川に釘を刺された。なんだか悔しい。いいけどさ。取り敢えず長野まで32kmらしい。

もう直ぐじゃん。

 

気を取り直して、たった660cc64馬力のNA(ノーマルアスピレーション)マシンのエンジンに鞭打つ。アクセルを目一杯踏み込み、回転数を上げる。獰猛な咆哮には程遠い、雄叫びを上げながらビートは勾配のきつい登りを駆け上がっていく。

俺のFitが皆川に操られて後を追ってくる。1500ccもあれば余裕だろうなぁ。登りになればFitが後ろにピッタリと喰い付いてくる。

 

夕焼けに山並みは溶け込み始めていて、山裾なんか既に夜の帳の中に沈んでいる。まぁ、この峠を越えれば長野市に入るわけだ。取り敢えず、峠を越えたら千秋にメールを打とう。

それから合流の段取りと、三枝との合流の段取りを組まないとな。

 

俺の駆る皆川のビートと、皆川の駆る俺のFitのヘッドライトが交錯しながら麓を目指す。

「皆川め。何、熱くなってるんだか」呟いて苦笑する。俺自身も熱くなってしまってる。

何でだろうな、クルマと言うものは心を躍らせる何かを持っている。

それが『何か』、なんて無粋な事は考えない。ただ前に進む事だけを考え、アクセルを踏み込み、コーナーが現れればコーナーを捻じ伏せる事に集中する。

「ああ、楽しいな」クルマを操るって事がこれほどまで楽しいなんてなぁ。

 

結局、勝ち負けなんて関係ない。俺達はスポーツ走行を楽しんで、クルマを操る喜びを再認識した。

 

麓のコンビニに着いたのは19時を少し回ったところだった。トイレと食事を済ませて、千秋にメールを打つ。

皆川は食料調達と三枝に連絡を取っている。明日から例の【咎隠村】とやらの探索を開始する事になるのか。

千秋から長野駅前のインターネットカフェに居る、とメールが来たので皆川と一時別れる。

皆川は皆川で駅前にナンパに行くとか言っていた。本当に何をしでかすかわからない男だ。

 

 

こうして、皆川発の【かごめかごめ】と【咎隠村】を巡る俺達の小旅行が始まるわけだが、今こうやってBlogに書き留めているのは、一抹の不安を掻き消せないからだ。

 

カムイという某有名廃墟サイトの管理人が【咎隠村】を訪れた際の記事の違和感が俺の不安を掻き立てる。

意識を失い、別の場所で発見される。まるで出来の悪い特番みたいだ。

それにしても1人の人間が別の場所に移動するなんて事は何らかの人為的な要素が働かないとこのような事象は起きないだろう。

オカルティックに言うなら『神隠し』とでも言うのだろうか。まぁ、どちらにしたところで何らかの因子が絡んでいる事だけは間違いないだろう。

そして、人為的要素、もしくは超常現象、どちらにしたとしても俺は事実を知りたいと思った。関わらねーのが一番なんだけど、どうせ関わる羽目に合うんだから、最後まで見届けてやろうってのが本音だけど。

 

こうやって怪しげなものの真実を突き止めようとする場合、何故か殺されたり、警告を受けたりって言うのがドラマや小説・漫画などのメディアでパターン化されている。

現実はどうだ?

今のところ皆川や俺に何の警告も、何の障害も無い。

現実はそういうものさ。

 

 

隣で千秋がWebサーフィンをしている。

特に目立った情報も得られないらしい。

そもそも、昭和の初期で打ち棄てられたような廃村だ。現在を生きる俺達にとってそれが何の役に立つと言うのだ?

打ち棄てられて、忘れ去られたその村の存在が、一体何になると言うのだ。