ledcannon’s diary

美作古書店

自分語り

自分が自分の中から溶け出していって、其れに気付いて慌てて掻き集めようとするも、覆水盆に返らず、空っぽの壊れかけた器だけが手元に残った。

此処に至るまでに様々な事が在った筈なのに、今、自分を取り巻くのは此処数ヶ月の事象で、嘗ての自分が経験してきた彼是は全く今の自分に触れる位置にない。

昔描いた自分の未来予想の青写真は何処に置き忘れてきたのだろうか。四十歳を迎える頃には文章を専門に書いてフリーランスで仕事をしている予定だったんだけれども、そんな自分の想定は全く擦りもせず一ヶ月を何とか生きる為の収入を得る為に仕事を熟す日々の渦中にある。

色々と思い返す事も多くなってきて、人生の折り返しに差し掛かったのか、または自分の死期が近付いてきたのか、なんて事を考える日々。以前は此方から手を伸ばしたかった死の影が今は恐怖の対象になっていたりする。

そう言えば、友人達と集まって話す機会がめっきりと無くなった。単純に家と会社の往復。仕事中のサボりなんてモノもしなくなった。友人に会いにいく事も無くなった。自分という個が現実に取り残された様な感覚に陥っている。

実際、自分は世の中から取り残されていた。世界が狭くなっていた。行動範囲がいつの間にか狭くなっていて、いつの間にか自分の行動に制限をかけていた。自分で自分を檻に押し込んでいた。誰の所為でも無く自分自身の責任に於いて行動した結果を受け入れられないでいた。

しようと思えば出来た事をしてこなかった。誰かの、何かの所為にして所謂流れに身を任せている内に、自分を見失った。見失っている事が分からなくなっていた。デスクに向かってこうして文章を書く事なんてどれだけの年月してこなかったか。そして、其の所為でたった千字程度の文章を紡ぐのにも時間を要する様になっていた。

行動を変えようと、色々と道具を準備してきた。デバイスを買えば、文章を描ける様な気がしてコンピュータを買ってみたが、スペックが低くやる気が起きないまま数年が経っていた。驚いたのは数年経っていたという事実に気付くのに数年掛かったという事。次にキーボードをまともなものに変えれば文章を書くのではないかという事で実家からまともなキーボードを引き上げてきたものの、コレまた全く書く気にならない。だったらいっそ昔指を咥えて見ていた高級キーボードを買うかという事で買ってみるも、コレまた文章を書くところまで至らない。

色々と試行錯誤して見たものの時間と投資した物品の浪費でしかなかった様な気になった。もっとスラスラと書けた筈の文章がとても高い壁の向こう側に在るように思えてきたのだ。自分なりに試行錯誤して、文章を書く場所を変えた。

一人に成って彼是よそ見しながら書ける環境を整えたのだ。嘗て、実家でそうしていたように机の上にモニタを並べ、其々の画面で別の作業をしつつゲーム機を立ち上げておき思考に詰まったら直ぐに息抜き出来るようにして。時には音楽を聴きながら、時には動画を見ながら、漫画を読みながら、小説を読みながら。ながらながら。

過去にそうしてきたように、こうして文字を繋げて書いて消してまた繋げて。その繰り返しで文章は育っていく。其れを短時間に行う事によって精度が増し、長いスパンで書く事によって自分の書きたいように文章が書けるようになる。

そんな事を忘れていた。自分が自分で無いと、自分が何処かへ行ってしまったと勘違いして狼狽るレベルで書く事から離れていたんだね。

自分の描きたいモノをもう一度書く為に、またこうして書いていく事を選択しよう。