ledcannon’s diary

美作古書店

無題の一

さて、『節理』について考える。

また、『ルール』について考える。

考える、考える、考える、考える、考える、考える…。

 

・・・答えなどない。

 

この思考の袋小路の中で俺は一生の大半を過ごしてきたという事実を思い知らされる。

それは時が満ちるには丁度良いタイミングで、俺知ることになる。

 

『摂理』を。

 

 

 

偉大なる先人たちが哀れなる俺たちに遺したモノ。俺たちが開くべきトビラは目の前に在って、俺は静かにそのトビラを押した。今まで静かに時が満ちるのを待っていたそのトビラは静かにその大口を開けたのだ。

 

光があふれ出した。

 

俺はゆっくりと光に包まれたそのトビラの向うに踏み出した。

 

ー邂逅。

 

言葉を持たずに俺は生まれてきた。始まり《あ》と終わり《や》を口にして人《や》となった。命として与えられた試練を乗り越えた。在ったのは旧い知識。『四十八の音』。神をも創りし力の宿った四十八の音を用い、四十八の音を操る。神【天皇】の数だけこの知識は息衝き、力となったのである。

 

信仰ではなく摂理。

信心ではなく原理。

信徒ではなく学者。

 

総てを司る力の操者としての知識を俺は振るう。

 

家族のため、友のため、女のため、子供のため、自分のために。

 

 

 

 

封印などというものははじめから無く、総てに於いて開放されていたのである。

 

ー世界。

 

それは夢のようで、儚くも消えてしまう泡沫。

 

その昔、『大蛇』と呼ばれる、モノが在った。

邪なる心の集合体であるソレはひとつの大きな塊に成った。

大きな邪な心はうねり、連なりまるで地を這う蛇の様相だった。

大きなる邪心は『大蛇』という名を与えられ、肉体を持つことになる。

大蛇という名はトヨウケにより命名された。

やがて大蛇がその身に世界を宿すなど誰も思わなかった。

 

 

大蛇は夢を見た。

贄の儀式を阻止され憎悪に満ちた目で夢を見た。

大邪たる大蛇。

それは山をも覆うくらいに大きく成長し、八つの首を持つようになる。

切り落とされた7つの首と14の目が自分を見ている。

首は各々散らばって転がっていたが、その口からは憎悪を吐き出し、悪意を吐き出した。

それらは暗雲となり立ち昇り、世を穢さんとした。

しかしながらそれら7つの首は程なくして封印され、大蛇は人々の心の底に名を刻みつつも忘れ去られていった。

身に残った最後の首は呪詞を吐き出すと世界を覆いつくして横たわった。

ソサノオはその呪詞を一身に受け、大蛇に止めをさした。

昏く濁ったものがその地に残り土と成った。

こうして我々の住む世界である千年大和が出来上がったのである。

 

 

 

千年大和はやがて人間が蔓延り、様々な思惑が生まれ始める。

清浄だった大地は大蛇によって穢され、穢れた大地から取れる食物を摂った人間もまた穢されたのである。

やがて、穢れを一身に背負うもの(ソサノオの末裔とも言われる)が人々についた穢れを落とし禊を結ぶものとして祭られるようになる。大地の意思を聞き、人間と自然の仲人というべき彼らは『蛇の御子』と呼ばれ、現在に伝わる巫女の元となった。それは世界の総てを掌握する存在として認められた事と同義であった。

蛇の御子は蛇を鎮め、世界を治める事で崇め奉られていたが、ある時例外が起きる。

 

後の世に『地獄の釜』と伝えられるこの出来事は大蛇のの封印とされていた千年の剣を手にした御子によって引き起こされた。

なにゆえに千年の剣を手にしたのか、それは定かではないが、伝えられている伝承によれば御子の夫たるものが鬼と化し、世界を喰らいつくさんとした為、それを阻止すべく御子は大蛇の社に祀られていた千年の剣を引き抜き、己の魂を喰らわせたとされている。

千年の剣の出した条件は御子の総てを剣のものとし、その代わりに剣は鬼を打ち滅ぼし世界に安寧を取り戻す、と言う事だった。

 

御子と鬼との戦いは三日三晩に及んだ。最期のとき、剣は御子を喰らい、鬼をも喰らった。しかしながら鬼の右手のみが現世に残る。剣は御子の身体を得る事となった。

御子が封じられ、世界は綻びを見せ始める。世界たる大蛇と、人間との架け橋たる御子。架け橋を失った人間が世界を食潰さんとしたためである。

バランスを失った世界と人間の間に暗雲が立ち込め、確実たる滅びのときが迫っていた。

世は荒廃し、人々の心は壊れた。大蛇は夢から覚め、その眼を開ける。千年の剣が身体を貫いているのが見えた。意識を向けると、その剣に御子と鬼が封じられている事がわかった。

剣の意思が、大蛇を、世界を撃ち滅ぼそうとしている事がわかった。

 

大蛇は剣の中に眠る御子の魂に語りかける。

ー御子よ、我を再び封じてはくれぬか、と。

御子は答える。

ー私は愛すべき夫と永遠の眠りにつきました、再び現世に戻りたくはありません。私が現世に戻れば、また、鬼も目覚め、世界を壊すに違いありません、と。

大蛇はしばらく考え。

ーならば剣に操られし汝の血。新しき御子の誕生に使わせてもらう、と。

御子は平穏な声で答えた。

ー我が血肉は元より大蛇の為に在ったもの。それを大蛇が何に使われようと私には異存はございません、と。

大蛇は静かに。

ーわかった、と言った。

 

御子の身体に宿った剣の意識が揺らぐ。突然立ち眩みのように目の前が暗く濁り、意識が落ちそうになる。前身であった千年の剣に摑まり、何とか倒れそうになるのを堪えた。

ーその身、返してもらうぞ。

強力な意思が剣の意識を御子の身体から奪い取る。剣は深い眠りに落ちていった。大蛇は意思を御子の身体に残し、それから我が身を貫く千年の剣を引き抜くと、再び深々と大蛇の身体に突き刺した。二度と抜けぬように。

しばらく黙祷し、御子とひとつに成った自分に名をつけた。

名を得た御子と大蛇の融合体は不安定な世界を喰らい、新しき世界となった。この動乱を『地獄の釜』と呼ぶ。

 

 

 

 

瞬く間に時は経ち。平成の世。

世界は再び滅びの道を歩み始めていた。御子の血はいずこかに消え、邪心が渦巻いていた。世界を正す道は世界と成る道のみ。

異常気象と呼ばれる邪悪なる意思によって人の世は終わりを見ようとしている。誰しもが気付き、誰しもが抗おうとしていた。しかしながら矮小なる人間の力は自然たる邪心に抗う術を持たず、最後の灯火も消えようとしていた。

 

常世も地獄も同じであればそれは安寧たる世界であろうよ。

地獄も天国も同じであればそれはますます安寧たる世界であろうよ。

常世も地獄も天国も同じであればまさに『地獄の釜』が開かれたと言えるだろうよ。

 

 

 

御子の血は各地に散らばっていた。

目的は失われ、世界を掌握することができるという異説が流布され、血を受け継ぐものたちは世界を手に入れようと争いを始める。

純粋な欲のため。

世界を護るため。

使命を全うするため。

闘いの本能を満足させるため。

愉しむため。

巻き込まれたため。

 

それぞれの理由。

それぞれの立場。

 

いま世界を取り戻すための時間が流れ始めた。